人の実名を出すことがこのブログの重要な意義のうちの一つであったが、先日、某より「それはどうか」みたいな勧告を受けたために、以後その方針を中止する。つもりである。
自分の生きた証としてリアリティ的なものを求めた結果というのと、もう一つは、他人の日記上でイニシャルトークが展開されているのが超大嫌いだということもあって、実名表記を続けてきたわけだが、某アルトサックス(天パ)と某ドラマー(う●こ色のジャケット)にしかその存在を教えてなかったはずのこのサイトが、いつのまにか会う人会う人に「ブログ見てます」なんて言われるようなことになってしまったのは、(アクセス解析を見る限り)結構この実名表記というのが曲者なのである。
それも別に悪くないと思っているが、ネット上に出す以上その人のプライバシー的な問題とかいろいろややこしいことを避けるという意味ではいいのかもしれないので今は上記に従うが吉と思っているが、まぁ最善の答えであるという気は全くしない。
M1になったくらいから、俺はめっきり絵を描くのと写真を撮るのと作曲するペースが異様にダウンした。
自分がウェブサイトなるものを公開し続けているのは、まぁそれ自身の制作が楽しくてしょうがないというのが50%であって、残りの50%は上記自分が表現だと思う3カテゴリの成果物を世に問うという点が大きいのだが、なんでか制作ペースがガタ落ち中なので、新たに見出したのは「文章」である。
俺は今、文章を残す場所を3つ持っている。
それらが自分の中で占めるポジションは以下の通りである。
①mixi:制作に関する告知としての利用
②このブログ:先日のエントリーで書いたように、頭の中を形にする場所である
③imasashi mahashi:小学生の日記
今年8月に自己紹介のサイトを再構築した際に、小学生の日記が必要な気がして、③の場を設けた。
以後細々と②と③を並行して(使い分けて)更新していくという経緯をとっている。
(そういえば某前D軍コンマスのブログを久しぶりに見たら、彼も③のようなブログを作っていた。しかしその製作意図が自分のと同じかどうかは本人聞くまでわからない。しかし相変わらず20歳とは思えない文章を書く奴である。)
理由は忘れたが、あんまり②ばかりやっていたら「他人に理解させる」ものの書き方を忘れるのではないか(もともと知らないが)という懸念があったような気がする。
それが最近③が、②よりになってきている。
これは意識してそうした。ここ3回くらいの更新とそれ以前を見れば明らかである。
理由は忘れたが、やっぱり小学生の日記だけでは書いてて面白くないというくらいのものだと思う。
自分が発する「ですます調」が滑稽に見えた、とういこともある。
しかしこのブログを見返すに、「だである調」も十分恥ずかしいのものである。
その時その時の、自分の超正直な気持ちを「えいや」で書き残してきたつもりだが、正直とは恥ずかしいものなのだろうか。そうであってほしくないが、自分自身がそう思っているのでたぶん恥ずかしいものなのだろう。
ジャズ系の定演についてはまた後日したためるとする。
2008/12/24
Answer
2008/11/28
南極なら君と僕とペンギン
まとまった文章を書く暇以前に、書こうと思う暇すらない。
自分の思考の構造化がこのブログの意図だったわけで、
つまり僕はこの数か月、何かこれと言える結論を考える場所がなくなった。
でも言いたいことは山ほどあるのだった。
2008/11/24
この駅を通り過ぎる度に
どうしても「日本的であること」に僕は惹かれる。
多田屋というウェブサイトが一時期脚光を浴びたが、そのサイトを見た時僕は思ったことがある。
ブラウザを通した表現では「日本的であること」の実現は不可能なのではないか。
むろん自身がそれを追及して得た答えではない。
でも思い当たる理由がいくつかはあるのだ。
あまりにも人が来てくれないので寂しさのあまり、自身のウェブサイトをリニューアルした。
逆説的に日本的な要素は排除した。
白は自分という人間自身を。
黒は自分が現在そして将来生業としていくであろうウェブを。
緑は自分にとって一番自然な行為である音楽を。
ピンクは自分が物心つく前から興味の先端であったグラフィックを。
imasashi mahashiという自分の名前の最左、中央、最右に現れるi(=人)が、それぞれ3つの表現をもてあそぶ自分である。
http://imasashi.ikidane.com/
2008/11/17
勇気だけじゃできないことがある
基本的に、特定の曲を自分の思い出を結びつけるということをしない。
そんな俺だがこの季節になると決まって聞きたくなる曲がある。
槇原敬之「冬がはじまるよ」
最近になってようやくJポップの歌詞を真面目に聴くようになったが、これを初めて聞いた中学2年くらいのころから、歌詞が意味するところと楽曲が持つ雰囲気ががっちりかみ合った曲として記憶している。
俺がそう思える音楽を残しているのは槇原敬之とBlankey Jet Cityくらいだ。
2008/11/09
2008/11/02
僕がmixiをやめたわけ
正確にはやめてない。
このツールに稿を寄せるのをやめた、というだけだ。
mixiとかいうものに日に最低5回はアクセスする身ではあるが、何の手違いでかマイミクが160人とかになってしまうと(なんとか80人くらいに減らしたいが)、言ってしまえば「嫌いなタイプの日記」に出くわすことも、それはそれはある。
当事者にしか分からない日記
自分にしか分からない日記
俺が「嫌いなタイプ」というのは、まあこんな類の日記である。
100発100中で「これを他人に読ませてどうなんねん」と思い、直ちに戻るボタンを押す。
ポイントは、RSSフィードという機能だ。
これは厄介なシロモノで、解釈に苦しむ。
これは穿った見方かもしれないが、mixiで文章を書く、すなわち日記を書いたことをマイミクに「強制的に」通達する、ということは「おもろい文章を書いたからぜひ見てください」と宣言していることに等しいと俺は思っている。
「内容がおもろいかおもろないか」という話はここではどうでもいい。
上で挙げたタイプの日記は、「宣伝文句に惹かれて詳しい内容を聞いたら全部アラブ語で全く意味がわからんかった」みたいな騙された感がある。全くうまい例でもないが。
とにかくそういう文章は外部ブログにでも書いておいて、好きな人だけが見に来ればいい。と思う。
別に誰にも強要はしないし、単に俺が一人で悶々をしているだけなのでどうでもいいのだが、俺は自分自身では、mixiに文章を書くということは最低限、上記詐欺的行為は回避した上で文章を書くことを意識したいと思っている。ブログじゃなくて敢えてmixiに書くという意味を考えていきたい。
まぁ賛同してくれる人は全くいないだろう。
6月くらいにmixiで「4日前の日記を毎日書く」という一人企画を、もっともらしい理由をつけて実験的に行ったが、実は発想の出所はそういったmixiのどうもこうもならん憤りを発散させるべく発動したアンチテーゼであったわけだ。
企画自体はなんだか好意的に受け取った人が多かったみたいで、完全に皮肉な結果で終わった。
まぁそんなこんな理由で1年前からこっちで文章を書いているのである。
木本みたいな、おもろい書き手がmixiで増えるといいのにねえ。
2008/10/26
ハイライト
物心ついたときから音楽という表現にどっぷりつかってきて、
それは大学に入ってからも続いたわけで、
今や社会人になってフォーマットは変えれどもやっぱり
やってることはホームページという表現なわけで、
特にそういった芸術的なくくりに収まるものだけが表現とは思わないが、
(洗濯機のボタン配置だって表現といえばそうだ。
ななめドラム式とかいう技術も表現と言える。)
まぁそうやって自分が表現というものをしていきたいと思って
生きている上ではたして自分の糧は(今ではホームページ)が
映画とかゲームという媒体に勝てるかと言えば、一生勝てない気がする。
2008年を語るにはまだ早すぎるが、
今年はゲームでは「クロノクロス」、映画では「初恋」に出会った年で、
そもそも僕らの武器と彼らの武器は趣旨が全く違うのは明らかだとしても、
なんだかその力の差をまざまざと見せつけられたような気がしている。
映画とかゲームという媒体を職として考えなかったのはなんでだろう。
全く後悔はしないが、その世界に足を踏み入れ掛けもしないところが
俺の弱点である。
2008/09/22
理由 その1
まぁ昔からその傾向はあるが、最近特に物事の理由を考えることに興味がある。
物事の結果の背景には100%の確率で何かしらの理由があるのではないか、とある意味言われてみれば当たり前なことに最近になって気づいたからである。
今年3月くらいにこんな事を考えた。
新日本人をやっているとき、山中に何でサックスをを始めたのかと聞いたことがある。彼は
「渡辺貞夫のライブをみて感動したからです」
とかそういうことを言った。
これは理由ではあるが、正確には理由のうちの50%である。
なぜなら、これが理由のすべてとして語られたとしたら、「渡辺貞夫のライブをみて感動した」人は全員が全員、必ずサックスをはじめることになってしまうからだ。
つまり理由の残り50%として、山中をして「渡辺貞夫のライブをみて感動した」という経験と「サックスを始める」というリアクションとを結びつけるような、彼だけが持つ理由が、別のどこかに横たわっているはずである。
さらになぜ山中はそのタイミングで渡辺貞夫のライブを見たか?という問いに対する理由だって、どこかにあるはずだ。
そこで発見された理由の理由は、さらに芋づる式に次の理由を生み出す。それは残りの50%、その残りの50%、その残りの50%…と続いていき、無限に100%に近付いていく。
結果総合して理由のうちの何%までを説明したらいいのかは、その会話や文章の文脈に依るのだろう。
さらにそれを一言で表現できるような言葉を、数多く持っていた方がいい。
上で行ってきたことは、日本語的に言えばおそらく「原因」と呼ぶほうが適切なものである。
あえてそれをこの場で「理由」と記している。
それは、自分の意思を伝えるために無意識化におかれている「原因」を、自分の表現手段として抽出し、最後には言語化する行為を前提にすることを意識しているからである。
つまり、「理由を説明できる」ことは、コミュニケーションの中で自分の意思を伝える際にとても便利だと思うのである。
その2に続く。
2008/09/16
グラウンド・ゼロ
世の3連休は毎日会社に出た(昨日はちょっとだけだけど)。
しかも最終日の今日はこんな時間まで働いた。
先週は会社に3連泊したし。
給料は安く、わりと仕送りが贅沢だった学生時代よりも使える金は少ない。
だけど、なんか、全然大丈夫だ。
これならやっていける。
芸人を目指している上田とか、バンドで食ってくけいじさんとかを見て、ちょっと羨ましいとか思ったけど、わりと近いポジションに自分がようやく立てているのが、今は結構快感である。
もうやるしかないと思えば、徹夜だって休日出勤だって楽しみの一部だ。
俺は今までの人生上かなり保守的に生きてきたが、なんでこんなときだけ大博打を打ったのか。よくわからないけど、まぁよかった。
哲夫なんて奴は、大芸術家になってほしい。
2008/09/10
チョンボ
まぁ先月、山野直後にダーク入賞おめでとうなんて書いたわけだ。
みさっきーがそれを読んでか読んでないのか知らないが、mixiで「伝統のおかげだ」とか書いたり、智子がコメント寄こしたりしたもんだから、もう本当に大いに後悔した。
伝統とかそんなことは現役はこれっぽっちも考えんでよろしい。
馬鹿みたいに「俺たちってスゲー!」と言っとけばいいのである。
先輩が引き継いできたから今のダークがあるだなんて書き方をしたのが悪かった。
俺が本当に言いたかったのは全く逆で、あなたたちが頑張ってくれたおかげでエリントンを引き継いだ我々も救われた、なのだ。
だから本当は、みさっきーには
「私たちが入賞したおかげで先輩たちにも少しは報いてあげたわよ」
と書いてほしかったのだ。
うーん。ミスった。
2008/08/23
嘘つきまさし
4か月くらいの制作期間を経て公開された渾身のフルFLASHサイト「いまさしまはし」が東京移住に伴うプロバイダーの解約によりあっさりネットワーク上から削除されて4か月強が経った。
だからといってホームページ制作の情熱は衰えることはなく、
デザイン会社で働くうちにむしろ確固たる衝動として私を突き動かすのであった。
というわけでサイトを制作した。
http://imasashi.ikidane.com/
例のごとく「いまさし・イキだネ・ドットコム」で覚えやすい。
アクセシビリティはもはや申し分ないと言えるレベルである。
デザインで飯を食っている人たちに囲まれた今となっては、かなりデザイン面で甘い部分が多々あり(特に背景画像のリピート部分)さすがに恥ずかしい気持ちは禁じえないが、何せ早急に公開することが使命であるような気が勝手にしているため、現段階での公開に踏み切った次第である。
以後、JOJOにマイナーチェンジを施していく所存であるので、期待していてほしい。
……
内容の話に入ろう。
絶対に真面目に読まないで頂きたい。
今回のコンセプトはずばり「省エネルギー」である。
会社入る少し前から「FLASHもうええわ」モードに入っていたこともあり、
今回は最初からFLASHモーションでゴリゴリ作るよりも、完全HTMLを志向していた。
ページ遷移やテキスト可読性に考慮し、ストレスなくサイト回遊ができるはずである。
結果「ユーザーにやさしいサイト」の構築が実現した。
また更新性向上を意識した設計に基づいているので、
以前のように「更新がめんどくさい病」にはかかりにくいはずだ。
あえて「かからない」と断言しないところがポイントである。
ブラウザはIE6,7とfirefox2でしか確認していないが、
そんな難しいことはしていないので問題ないはずだ。たぶん。
また背景や写真、イラスト以外にはほぼ画像を使用していない。
テキストのサイズとウェイトとマージンのみでページ内領域を明確に区分しているところは
まさに匠の技としか言いようがない。
ここにも省エネルギーの思想が色濃く反映されているのがわかる。
何?文字が小さい?
そこはCtrl+マウスのグリグリで対処して頂きたい。
また、いつになくテキストを多用したことも見逃せない。
各コンテンツ毎にリード文を設けている力の入れっぷりである。
かつてのサイト制作ではデザイン性を優先させることが頭から離れず、その場合どうしてもテキストは阻害要因であった。
結果、いたしかたなしとして、言わば「愛想の悪い」サイトを公開し続けてきたわけだが、それは実際の愛くるしい私のキャラクターイメージとは完全にかけ離れたものであった。
本来なら「テキストを掲載してもかっこいいサイト」こそを目指すべきであったのだが、そのころの俺のスキルは単にその程度のものであったということである。
以前のようにインパクト一本勝負ではなく、プロっぽいサイトを作る技術が少しずつではあるが自分に蓄積されつつある。
この調子で制作依頼が山のように来るはずである。
2008/08/18
思い過ごしの効能

京都大学Dark Blue New Sounds Orchestra
8位入賞、本当におめでとうございます。
大会通じて路線変更に走る大学やそもそもはた目には路線自体感じられない大学が目立つ中、アホみたいにエリントンに固執しそれを山野という舞台においても何年も貫き通すその姿は俺らにとっては確かな誇りであり、身内だからというのもあるが全国的に見てもかっこいい。かっこよすぎる。
数年前のコンマスが「エリントンをやり続けることが果たして京大にとっていいことなのか」と悩んでいたという話も聞いたことがある。
しかしそんな悩みの末結局エリントンをやることにしたおかげで、俺たちの代を通過点として、そして今年のダークの姿がある。
だから、今年のダークが認められたということは、
俺たちの先輩、俺たちの代、山中や平山の代のメンバーが続けてきたことが、経過としてひっくるめて認められたような気がして、嬉しかった(誇大妄想かもしれない)。
でも、伝統を守るということには、そんな意味もあるのだと思った。
どうか他大学のフルバンも、前年の結果が思わしくなかったからといって
それまでの路線を変えちゃうようなことはしないでほしい。
ただし、単なる勝手な個人の願いである。
ダーク08の皆さん、本当におめでとう&ありがとう。
会場出口で坂さんとばったり会い、黙って握手をした。
2008/07/26
そんな単純な話じゃなくて
いつかこの場でも言ったことがあるかもしれないが、
スマートな表現に対してまず間違いなく「それほんまか?」と疑ってかかる。
たしかダークやってたころかと思うが、周りのだれかが
「"好き"の反対は"どうでもいい"なんだ」
「うんうん」
みたいなことを言いあっていたのを聞いた。
その頃読んだ本にそんなことが書いてあったか、
テレビに出るような有名人が言っていてそれを耳にしたとか、
そんくらいのレベルの話だと思うが、
まぁたぶん「はっなるほど」と思って使ってみた言葉なんだろうと思う。
そいつがどんなつもりで使っていたのかは推測の域を出ないが、
なんというか、随分浅はかなことを言うなあと思った記憶がある。
正確に言うと、なんだか「物事の本質を発見してやった」
みたいな面して言い切っているのが気に食わなかった。
まぁ、とにかく当時の俺にはそのように見えた。
個人的にそんな事実(?)は中学くらいの時に気付いていたってのもあるが、
どう考えたって"好き"の反対は"嫌い"なこともある。
先月平川が家にとまりに来た時に、カマかけて
「"好き"の反対は"どうでもいい"やしなあ」
的なことを言ってみた。
彼は「う~ん...」と少し呟いたあと
「それだけじゃないと思うけどにゃあ」
と言った。
これだから俺はこいつと飽きもせず付き合っていけるんだ。
2008/07/13
続・3流スイマー
「俺はとにかく寝たいんだ」
と言って、本当に毎日10時間とか寝続け、
一部の人には「それってどうなん」的な目で見られつつ、
その昔、「3流スイマー」という表題を冠してこの場でその理由を綴った。
その時は、それが俺の正義だったはずだ。
実際蓋を開けてみれば、「新人」と呼ばれる人の中では
恐らく日本トップクラスに寝ていない現実が待っていた。
平日は朝から朝まで仕事し、
この土日も会社に出て仕事している。
就活時に外資系コンサルのおっさんが語った彼の生活サイクルに対して
絶望的に卑下した感覚を持った俺は、
そのおっさん程とは言わないが、けっこう近い生活をしちゃっている。
昔の俺に「それってどうなん」って言った奴らより寝ていない自信がある。
あんなに修論のせいで寝れないことに憤慨した割には
今の生活にかなり満足している。
睡眠時間の確保を理由に「そんな大物になりたいわけじゃない」とか言ってしまった俺も
今や「ウェブ業界である程度の大物になってやる」とか思ってしまっている。
なんだか、優先順位がころっと変わってしまった。
何が変えたのだろうか。
思ったより10倍くらい仕事がおもろかったていうのもあるかもしれない。
でも本当のところはようわからない。
以前のエントリーの文末で
「とか言って変わっちゃうかも」
と布石をうっていたが、
ひょっとしたらその頃から俺がこうなる予感はしていのかもしれない。
2008/07/05
赤い幸福
東京に来て初めてゲームを買った。
その名をクロノクロスという。
ご存じ、クロノトリガーの続編である。
いつもの癖で、また1日10時間とかぶっ通しでやってしまうことが懸念されたが、まさしくその通りになった。
前の日曜は朝6時とかまでやってしまったおかげで
この1週間は出だしからなかなかシビアだった。
やめときゃいいのに水曜にも1時に帰って3時くらいまでやってしまった。
もともとゲーマーだったのは否定できないほんとのことだが、大学に入って拍車がかかった。
ゼミ前日に10時間ゲームしてしまい半べそかきながらレジェメを書いていた
あの時の気持ちはまだイキイキと思いだせるがあれも2年前くらいのことだ。
懲りない男である。
敢えて懲りないようにしているとしか思えない。
またの名を、リスクを買ってでも背負う男・いまさしともいう。
基本的に俺がゲームをやる場合は、もはや脅迫観念になりさがった
「ゲームをやることが正義である」という大義名分に従いプレイしている。
特に過去やったゲームをリトライする場合は顕著である。
「ゲームをやるためにゲームをやっている感覚」と言えばわかるだろうか。
しかし今回のクロノクロスはその限りではない。
「生まれて初めてプレイするゲーム」をやるのが2年ぶりというのもあるだろうが、
ストーリーが素敵すぎて、先が楽しみでしょうがない。
素敵だ。素敵すぎる
ゲームとしては、キャラクターの性格付けとか戦闘システムあたりが至極中途半端で
そこがこのゲームの売上低迷の理由の一つだと思われるが、
世界観と音楽がちょっとありえないほど素晴らしい。
素晴らしい。素晴らしすぎる。
あまり「最近のゲームは技術に走りすぎてよくない」的なアホさ満点発言はしたくないのだが、
最近のゲームでは味わえない、ドキドキしながら進めていた大昔のあの感覚が蘇る。
ゲームとはデフォルメされた世界を楽しむものだと俺は思っている。
思うに、PSやSS以降のゲームが夢無きソフトになってしまったのは、
技術に走りすぎたことが直ちに理由なのではなく、
技術的な進歩をリアルさの実現に向けすぎたことが理由である。
技術に走りすぎるのがよくないのではなく、使いどころがよくないのである。
技術をデフォルメの実現に向けたらいい。やっぱりバランスなのである。
そのリアルとデフォルメのバランスが最高潮をキープしたのが
現在に至ってもSFCの傑作と呼ばれ続けている一連のソフト群だと思うが、
クロノクロスはそのバランスを引き継いだ傑作ではないか。
音楽がまた最高だ。最高すぎる。
光田康典は「かなりいい音楽を書く人」と思っていたが、
フィールド音楽に前作のメインテーマのアレンジを持ってきやがったセンスは
もう世紀の大天才なのではないかと思う。
完璧にツンデレのヒロインがまたいい。よすぎる。
普段はツンツンのヒロインに「ありがとう、いまさし」と言わせたとき、
恋をしそうになってやったぜ。
キャラクターが40人以上仲間になるのだが(正直、多すぎる)
例にもれずジャズ系の連中(主に後輩)の名前を付けまくっている。
多すぎてそろそろつけるのが厳しくなってきたが、何とかその場で思いつく最適解を与えているつもりだ。
しかしハゲのじじいをやまなかと名付けたのはなんだか失敗な気がしている。
そう言えば偶然、ある後輩同市の実際の惚れた腫れたの関係がゲーム上でも実現してしまい、しかもその結果すら一緒で、妙にテンションが上がった。
おっと、実名は出さないことにする。
そんなこんなで、
好きなゲームは数多くあるが、これはずっと記憶に残るゲームになる。
そう思わせるゲームである。
ただ、まだクリアはしていない。
2008/06/23
喧嘩上等
俺はかなりぼんやり生きているとこもある一方で、
腑に落ちないところは何が何でも分かろうとしたり、
相手が間違っている(と俺が思った)ことを言いだそうもんなら
徹底的に話し込むところがある。
どうでもいいやと思うことはぼんやりで結構だが、
どうでもよくないことはできるだけ明確な形にしておきたい。
それは誰にとってもそれはあたりまえなのだろうが、
学生時代に出会った人に比べると俺のそういった傾向は
両軸に少々極端であるように思う。
学生の頃の例で言うと、
研究は正直M2になったあたりでどうでもよくなっていたので、ぼんやり進めていた。
一方音楽の話題になると(それは例えば「山野に出るとはどういうことか」から「ジャズ系の先輩と後輩の付き合いかたは」とかである)、俺の話は長くなった。
それらは当時の俺にとって一番大切なことだったのである。
会社という俺にとって生まれて初めての組織に入って、2か月半になった。
社会人としてこれは理想的な状態であると推測するが、
仕事が俺の一番大切なことになった。
同時に、俺は引き下がらなくなった。
先輩や同期問わず
「あそこははいはい言っといて流せばいいんだよ」とか
「お前がからむと話が長くなる」とか
「君は血の気が多いね」
とか言われたりしている。
ちょっとだけ、腹が立つ。
それが社会人の立ち回りとしてのうまさなのか。
だけどそう言われるのもしかたがないのだ。
うちの(現在の)仕事のやり方は、少ない時間でいかに仕事をまわすかが大事だからだ。
俺にも非がある。
俺は自分の正義を貫こうとしている。
しかし、貫こうとしすぎている。
熱くなると言葉が悪くなる。
会議中に40代のおっさんにずいぶん失礼なことを言ってしまった。
そして、俺は喋りすぎる。
うまい言葉が見つけられないからだ。
相手に俺の言葉を浸透させることもできない。
結果として議論が長くなる。
俺が無く子も黙る説得力を持てば、話は解決するのだ。
最近特に思う。
「ちょうどいい」具合のコミュニケーションが大事なのだ。
「ちょうどいい」具合のコミュニケーションができる人を、
俺は勝手に「本能的カシコ」と呼んでいる。
俺の中に、本能的カシコにい人っていうのははっきりした形で確かにいて、
それはすぐに思いつく範囲ではバンさん(シラフ時限定)やせんとー氏とかのことである。
俺は彼らとの何気ない会話の中でぽろっと出る珠玉の言葉遣いに遭遇した時に、勝手に感動していたりする。
はいはい言って流すことがうまい立ち回りだと思わない。
俺はそこに誇りを感じない。
本当にうまい立ち回りとは、
「ちょうどいい」コミュニケーションをとることではないのか。
バンさんが以前mixiに寄せた文章「続フルバン」というのがある。
俺も(同じ次元とは言わないが)全く同じこと考えていた。
同じことをこんなにスマートな伝え方があるのかとすっかり仰天した。
感動して何度も読んだ。
俺も、こんなものの伝え方ができる人間になりたいと思うのだった。
2008/06/13
2008/05/27
2008/05/21
どうか僕に振り向いて
さっきまで仕事してた。
どんな新人やねん。
…
最近はニコニコ動画に懐疑的である。
なんというか、
本当におもろいものというのは、
後で振り返っても思わずニヤリとしてしまうような
そんな出来事のことを言うのではないか。
俺もニコニコ動画を見て噴き出したことは星の数ほどあるこそすれ、
その気持ちは色あせるのが早い。
やたら早い。
そう思ったら、なんかニコニコ動画って
くだらないなあと思ってしまう。
恐らく、多くのユーザーが2ちゃんユーザーとかぶっていると推測するが、
彼らは人を小馬鹿にする時は感動すら覚える才能を発揮するのに、
こと人を褒めるとなると、彼らが用意する表現はあまりに稚拙だ。
悪口と下ネタはどう転んでもおもしろいとは言うが
俺はこんな現象は好きじゃない。
俺にとって本当におもしろいこととは、
かがやが駿台の屋上で1円玉を曲げた時のことだったり、
上田が課題提出日前日に製図室に来たことだったり、
田中さんの炸裂しまくるMCだったり、
酔っ払った中路さんだったり、
酔っ払った武田だったり、
福井の大笑いだったり、
貴船の闇鍋だったり、
智子が食い続けたことだったり、
多喜と朝まで話した日のことだったり、
仙ちゃんと話をすることだったり、
西川と野藤と飲んで2時間笑い続けたことだったり、
カラオケ中の中野さんだったり、
そんな思い出たちのことを指すのだ。
2008/05/02
ビターピース
以前親父に「お前は詰めが甘い」と言われたと書いた。
これをもう1ステップ還元すると、恐らく「飽きっぽい」という性格に辿りつく。
昔から落書きが好きで絵はよく描いてきたが、
その数に対して、作品と呼べるものまで昇華したものの数は異常に少ない。
その落書きが「作品」であると言えなくもないが、それはかなり事後的で、他人事な発想である。
「自分の意思で作品をこの世に生み落としてやったぜ」と感じられるものは、ほとんどない。こういうところに飽きっぽさがよく表れている。
無理やりもう一つ例を挙げるとすれば、
ジャズをやるには粗すぎる俺の演奏も、どうも飽きっぽさの賜物である。
その点岩波レイは辛抱強い。
…
現在、仕事で企画をやることが多い。
たぶん企画にまず必要なのは根気である。
とにかく数が勝負だからだ。
「考えて、考えて、考え抜いた」
その後振り返った数百個という石の中に、きらりと光る石があるに違いない。
たぶん、「いい企画」というのはそういうものだ。
と、1か月働いて思う。
かくいう俺はひとつの企画に向き合っても、5分後には別のことを考えている。
飽きっぽいのだ。
思考し続ける根気が圧倒的に欠けている。
これは好き嫌いという話にも関係してくるのだが、今回その話は置いとくとして。
よし、初任給で画材道具を買おう。
土日を絵に費やして、1か月くらいかけて作品と呼べるものを描いてさ。
なんてことをINFOCUS AWARD 2008を見ながら思った。http://www.oneflow.co.jp/infocus-award-2008/top.html
2008/04/29
We "had" slow holidays.
「何かを亡くす」ということに極端に抵抗がある。
ちゃんとした理由は思いつかないが、ただ寂しくなる。
だから嫌いだ。
1年以上前だと思うが、平川とふとしが同時期にmixiの日記に
「何かを得ることは、何かを失うことだ」
みたいなことを書いてて、反論したくなったのを覚えている。
「失くすことをそんなにあっさり認めないでくれ」
というのがその時の心境だったのだろうか。
余談だが、物を全く捨てれない俺の性格は
(大昔、シャンプーのボトルを7本くらい捨てれずに風呂場に置いていた)
恐らく何かを失くすことをへの抵抗から来ているのだろう。
そのため引越しの度に天文学的な量のものを捨てる羽目になる。
どうでもいいが、
ものをモノと表記するのは嫌いだ。
ひとをヒトと書くのも嫌いだ。
話は変わるようで変わらないが、
大昔に放送した世界遺産のDVDを親父が送ってきたやつがあって、
昨日の昼、それを見てみた。
ドイツのバンベルグという市街地のことを放送していた回だった。
絵に描いたようなヨーロッパの町並みというものをぼんやり眺めながら、
勝手にM1の9月にイタリアを10日かけて縦断した時の事を思い出した。
そして「学生だった」時間のことを考えてみた。
こういうと語弊があるかもしれないが、
あれは小学校からはじまった、とてつもなく長い夏休みだったのだ。
そう思った瞬間、社会人になって
そういう時間を決定的に持てない身分になったことをふいに悟った。
この4月になった時点で俺はあの時間を失くしたのだった。
悲観しているわけではない。
今の職場は結構気に入っているし、仕事もやってて楽しい。
毎日朝起きて夜寝るという生活を送っていることもなんだか新鮮だ。
俺は新しい時間を手に入れた。
やはり何かを手にすることは何かを失うことなのだろうか。
その夜、
2006年のマストのラグでのライブDVDと
2007年の新日本人の定演DVDと
2004年のダークの定演DVDと
2005年のピストンの定演DVDを
連続して見た。
ダーク2004の最後、Aトレのイントロでのピアノソロ中に、
ふとしがメンバー1人1人を紹介した。
水谷は礼をした後、笑顔で大きなため息をした。
俺らが大好きだった音楽で
重荷を背負っていたあの時間も、
今ではもう手に入らない。
2008/04/26
FEVER
最近の人生論は、「常に笑っておけばすべて楽しい」だったが、
どうもそうでもない気がしてきた。
ほどほどがいい。
さて、
4月で退社する堀尾さんの送別会をなぜか俺が企画することになった。
それが今日あった。
1次会と2次会の手配からプレゼントの企画、会場の誘導まで、全仕事の97%を俺がした。
結構好きな先輩だったので、わりと全力でやった。
なんというか、だいぶ成功した。
就活でよくみる、仕事をして一番うれしい瞬間は?という質問に、大抵のやつが
「感謝されたとき」
とか答えている。
はっきり言ってあんなの全部嘘やと思っていたが、
どうもそうではいかもしれない。
今日何十人という人にありがとうと言われ
正直言って相当嬉しかった。
ずっと主役になりたいというつもりで学生時代を過ごしたが、
徹底的な黒子という役もわりと楽しい。
おお、俺はベーシストだったのだ。
しかし大人数が苦手なのは相変わらず。
2~6人ぐらいが丁度いいや。
2008/04/08
諸行無常の響きあり
気分というものは移ろいやすく、
身の回りの環境というものも変化するゆえ、
例えば5年前の気持ちなんぞとっくに忘れておる。
何か悩み事があるとしよう。
雨はいつかあがるように、
それも時間が経てばいつか悩みではなくなる。
それは根本的解決ではないが、
「いつか終わること」を知るだけでいくらかポジティブになれよう。
しかしポジティブになるということは
全ての場合がそうとは言わないが、
根本的解決への距離が短くなる場合が大半である。
随分前向きになれる。
じゃあ良き事もいつか終わるではないか、
という話になる。
理屈ではそうだが、
気持ちに理屈が必要とは限らない。
都合悪いことは考えなくていいのである。
それが自分とうまく付き合うという意味ではなかろうか。
2008/03/28
お礼参りの記憶 vol.01 アホの貴船
とりあえず昨日の昼に西院の家から99%のものが無くなった。
3日間の長旅を経て白金台の家に到着するらしい。
東京に持っていかず、なおかつデカいものは家に置いといた。
わざわざいらんものを喜んで高い金出して発送するような趣味は俺には無いからだ。
ただ、処分するアテが全くなかったという、ところがいかにも俺らしい。
人生是アドリブである。
家にとり残されたものは、
・かっこよくてスタイリッシュな真っ黒のカラーボックス×数個
・結局ほぼ使わなった2口ガスコンロ
・京都に来て最初に買った楽器であるアコギ
・Legendというクソメーカーのエレベ(白プレベのシドビシャスモデル)
・2年間壁に立てかけていただけの縦2mくらいあるクソ重いただの木の板×2枚
・オーケストラとかで使う手持ちシンバル1セット
・ヤフオクで500円で落札し、900円の送料で手元に届いた紫のダウンジャケット
「どないしょ…」
と思っていると急に研究室の後輩の車を借りることができた。
人生とは何が起こるかわからない。
とりあえずジャズ系の人間から欲しいとの声が全く挙がらなかった真っ黒のカラーボックスと
2口のガスコンロを近くのリサイクルショップに売りに行く。
こういう時にアホ店員は女に口説かれたらイチコロだろうと思い、彼女を同伴させることにした。
昼飯代くらいにはなるだろうと思いきや、なんと0円だった。
腹いせにaudio-technicaのヘッドホンATH-AD500が
3000円で売っていたのでホクホク顔で購入してやった。

残るは
・京都に来て最初に買った楽器であるアコギ
・Legendというクソメーカーのエレベ(白プレベのシドビシャスモデル)
・縦2mくらいあるクソ重いただの木の板×2枚
・オーケストラとかで使う手持ちシンバル1セット
・ヤフオクで500円で落札し、900円の送料で手元に届いた紫のダウンジャケット
である。
「とりあえず西部講堂に持っていこう」
という無責任な話に華が咲き、それらを積んで車を東に向ける。
なんなら西部講堂の前に全部捨てりゃええやろと思っていたことは秘密である。
ハイセンスすぎて俺には到底着こなすことができなかったこのダウンジャケットが似合うのは
阿久津くらいなもんだろうと思っていたら彼女が後輩ベーシストのなにがしもいいんじゃないかと言う。
阿久津は昼電話した時に寝ていたのを起こしてしまったのでなんとなく連絡しにくいと
思っていたことからアホの貴船にメールすると
「欲しいです!!」
と全く期待通りの反応が返ってきたので宝が池のさらに北にある奴の実家に急遽向うことにした。
豪邸の前に車を止め、調子に乗って
「木の板いる?」
「アコギいる?」
「ベースいる?」
と聞いたら全部欲しいとか言いだす始末。さすがである。
おかげでシンバル以外全部一気に処分することができた。
貴船ハウス見学という特典付き。
しかもBill Evansともう一人なんとかってピアノの人のレコートを頂いた。
豪邸前で記念にパチリ。

シンバルは旧ボに置いて行った。
誰か拾ってあげてください。
アホの貴船は1回生の中で一番馴染みの深い奴だった。
20歳と25歳が同じレベルでアホ話している姿は少し異様かもしれないが、
もし俺がこいつと同学年だったら頻繁に遊んでいたに違いない。
最初山野ツアーで会った時は「なんなこいつ」程度に思っていたが、
こいつのおもろさにもう少し早く気付けばよかった。
宴会部長ぶりを見れないのが残念だが、森本以来の逸材だと思っている。
そのアホさを如何なく発揮し、
ベーシストとしても宴会部長としても大成してくれたらいいなあ。
だいぶ期待している。
2008/03/18
馬鹿親シリーズ1 傷を避けるガキ
知らぬ間にGoogleで「新日本人」で検索すると1ページ目に
某ジャズカルテットのHPが表示されるようになっていた。
Farewell Liveも近いということでトップページを変更した。
Farewellの綴りが間違っていた。慌ててなおした。
親父と先日飲んだとき「お前はツメが甘い」と言われたが、まあこういうことなんだろう。
・・・・・・・Live Information・・・・・・・
新日本人 Farewell Live!!!
3/20(木祝) @京都Blue Note
charge: ¥1000
open: 19:00/start: 20:00
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このライブをもって俺が京都で実行する「趣味の世界」は終了する。
残るは論文の手直しと、引っ越しだけだ。寂しい。
ところで、
昨日単車の教習を卒業したことは書いたが、あの記事を書いた後に
卒業式と名のついた事務手続きをしに教習所に再度足を運んだ。
その日の検定に合格した30人くらいが部屋に集まり、
名前が呼ばれた順に卒業証明書を受け取るという儀式の中、
いきなり部屋に入ってきたスタッフが3人の名前を呼んだ。
その3人の中に俺が入っていた。
30人くらいの視線を感じながら俺を含む3人はそのおっさんのもとに集まった。
なんてことはない、
検定終了時に書かされたアンケートに否定的な意見を書いた人間を集め、
「顧客満足度向上のため」具体的な意見と改善すべきと考えるポイントを
教えてくれ、ということだった。
1人目の男の主張はこうだった。
学科教習で先生に当てられて答えられなかった時
「ちゃんと勉強してんのか?お前」
と他の生徒の前で言われたのがショックだったのだと。
上から目線で接する教員がいるのはどうかと思う、という。
アホかこいつは。
見たところ俺よりは若いが二十歳は超えている立派な成人男性である。
そんなに恥をかかされるのが嫌だったら完璧に勉強しておくという発想ぐらい持っとけ。
それが無理だとしてもたしかに恥をかくということ自体、よほどのドMでない限り嫌なものである。
ただし、今までの人生で恥などそれこそ天文学的数字に及ぶほど経験してきたはずである。
恥との付き合い方などとっくに感覚的にわかっとけ。
それを今さら「ショックだった」とか「上から目線の教員だ」などと言って
言われる側は被害者だ的な発想なんぞで以て結局「傷つくからもっと優しくして」
とでも言いたいのだろうか。
かっこわるい。
と名も知らんこいつを責めてはいるが、これはどう考えても親という存在の問題であると感じる。
親というのはもちろん両親も含むし、特にこの場合はそれとは別に
親的な機能を果たす小中高の教師なども指して言っている。
同じことを言われて傷つくか傷つかないかなど人それぞれで程度の差がもちろんあるが、
じゃあ「傷つきやすい子にはソフトに言うように」と教える側が考慮する必要があるのだろうか。
幼いころになんらかのトラウマがあったとかで人には何かしらデリケートな部分があるとして
じゃあその部分は死ぬまでデリケートであればいいのか。
他人は一生それに気を遣わなくてはいけないのか。
そういう部分を逆に強くしていくのが親の役目ではないのか。
その過程で傷つくことは必然である。
しかしFF2では自分がダメージを受ければ受けるほど最大HPが上昇していくように、
傷つくことでタフガイとして成長していくのではないか。
同時に他人を傷つけることがどういうことかを感覚的に知っていくのではないか。
これは以前にも触れた「マナー」に関わることだと思う。
他人を傷つける(もちろん身体的な意味のみではない)ことに敏感になることで
マナーが守られるようになるからだ。
俺は今の日本の教育の現場など微塵も知らないが、どうも傷ついた経験が圧倒的に少ない奴、
あるいは傷ついた経験を野放しにしている奴が少ない気がしている。
その背景は恐らく、子供が傷つくことを「親が」避けているのである。
だからたまに教師が暴力をふるうとPTAが「マァとんでもない」とか言いだすのである。
アホか。
そうやって傷つくのをひたすら避けてきたガキがロクな大人になるなんぞ想像できない。
だからチャリンコでぶつかっただけでブチぎれるアホが大量発生するのである。
ともかく、こんな実にしょ~~もない話をうんうんなるほどと言いながらメモを取る某教習所のスタッフを見て、これは完璧にPTAの顔色にビビる小学校の教師という構図と同じだなと感じた。
以上は教習所で「そういう男がいた」という経験とか、たまに見る雑誌であるとか、バイト先おお客さんの話を聞いた経験とかを総合して「俺の推測できる範囲内での」論である。
この稿が今の日本の実際と当てはまるかどうかを判断する知識は現時点の俺にはない。
馬鹿親シリーズ2は「鬼が消えた」をテーマとしてお送りするつもりである。
2008/03/17
路上に立つ
昨日は朝まで(といっても3時くらい)飲んで
今日は昼から単車の検定というハイリスクなスケジューリングに翻弄される毎日である。
連日の睡眠不足のせいで今日は昼直前に起きてもあくびが鬼神のごとく出まくるこの眠気に打ち勝って見事合格を勝ち取ることができるだろうかという不安も、持ち前のポジティブさで
「こんなに眠かったらもう緊張もしないだろう」
という発想に転換することで気分を落ち着かせるものの、結局本番はスーパー緊張した。
でもとりあえず合格した。
女の子を後に乗せたいという夢を叶えるために取得に乗り出したこの免許だが(95%嘘)、
1週間でとれるはずのこの免許に4ヶ月という時間を費やした。
原因は憎き修論である。
金が無いのでバイクを買うアテは皆無だが、
いつか東京から京都にバイクで遊びに来たい。
ところで、
教習員という人間には独特の馴れ馴れしさがあってこれがかなり苦手という人もいるだろうが、
俺も正直言ってしまうと「こいつ知性足りてなさそうやな」と思う教習員はかなり多い。
その中にあって俺が通った某教習所には一人だけ心から尊敬してしまうおっさんがいた。
その人の何が俺にそう思わせたのか。
最初に印象は、落ち着いてるなあ、だった。
しかし落ち着いているだけだとただのくたびれたおっさんである。
そのおっさんの言葉は力強さも持っていた。
「落ち着いた思考」というベースの上に乗っかかかった「力強いアウトプット」というメリハリが、
そのおっさんの味だったのかもと思っている。
言葉の選び方、発声、身振り手振りの全てに知性が感じられるものだった。
他の教習員と比べると群を抜いた説得力で輝いていたそのおっさんなら
恐らくビジネスとかの世界に立ったとしてもかなりの地位にいけるのではないか。
とりあえず仕事できそうオーラがアホみたいに出ていた。
ガキっぽいおっさんになるのが俺の目標ではあったはずだが、
こういう落ち着いたおっさんが持つ説得力というのも捨てがたい。
うーん。
両立できないものだろうか。
2008/03/14
キングクリムゾン
両親とも働いていた時は小学校から帰ると誰もいないのでテレビをつけて母親の帰りを待っていると、
たいていドラゴンボールがやっているのだった。
紙ベースで読めば1話あたり5分程度で把握できる内容を
無理やり30分に引き伸ばしたアニメは幼心にそのテンポの悪さを強烈に印象付けた。
至極退屈この上なかった。
「アニメなんて見るもんじゃねえな」
と10歳になる前にいまさし少年は悟ったのである。
(※週一で放送される連載アニメに限る。)
というわけで俺は今日に至るまで連載アニメは全くと言っていいほど見てこなかった。
というかウルトラマンとか仮面ライダーとか、俺の世代の男なら誰もが通る道は全てすっぽかし、
いまさし少年はドラクエとFFに走ったのだった。
ところで、
さっき福井とのメッセンジャーのなかでカイジのアニメの話になったので
Youtubeでちらりと見てしまうとそれがもうあかんかった。
15年以上前に感じた間の悪さにイライラしながら結局2時間も見てしまう始末。
俺はこんな時間の遣い方が大嫌いだ。
その怒りはもちろん、
相変わらずだったアニメというものの間の悪さに対して、
加えて、自制心の無い自分に対してに感じるものだ。
ああイライラする。
しかしアニメ版カイジはそこらへんのしょぼアニメに比べるとかなりしっかり創りこんであり、
制作者のプロ意識の高さが伺えた。
2008/03/09
素直
プロ野球関係の著名人をほとんど知らない俺だが、
野村克也氏のことはわりと好きだ。
高知に帰っているので京都では全く見ないテレビという奴を見ている。
昨日はNHKで野村さんの番組がやっていた。
そのインタビューを見た。
正直な人だな、と思った。
自分の言いたいことを言いまくるという類ではなく、
自分の気持ちに正直なんだなという印象だった。
その晩、風呂に入りながらふと
「正直な人ほどおもしろいのではないか」
という考えがぽこっとうかんだ。
例えばオリンピック決勝を目前に控えたウルグアイ出身の個人メドレーのニシイ・Dr・イガッチョ選手に「意気込みをお聞かせ下さい」とインタビュアーが聞いたとする。
「自分の泳ぎをするだけっす」
大半の場合ただの建前に聞こえてしまうこんな言葉を聞いても
特に何も期待しない。
これよりは
「絶対金メダルとりたいっす!!」
と言った方が何倍かおもろい。
明らかに本音だからだ。
さらに言えば
「確かに理想は金メダルですがソープがいるから無理なんで。まぁよくて銀メダルってとっこっかっな~」
とまで言ってくれた方が俺としてはおもろい。
いやぁ正直すぎる。
恋愛話が毎回何故か盛り上がるのは
そいつの本音が直球で問われているからなのではないか。
同様に、
福井とのチャットが毎回やけに長引くのは
2人とも完全に本音で喋っているからではないか。
本音と言っても真面目に話すことを意味しない。
ボケる際にも建前のボケと本音のボケは違う。
誰かと「おもろい関係」を築くためには、
自分が本音で語り、
相手に本音で語らせる
こういう関係を目指すといいのかもしれない。
恐らく、キーワードは「素直」である。
俺がダークを2年間やって得た一番の収穫は「素直さ」だった。
4月から世話になる社長に最終面接で何故か
「これからの時代、一番必要なのは何か」
という質問した。
社長は
「素直になることだね」
と言った。
俺はこの言葉で入社を決めたようなもんだ。
2008/03/07
親愛なる母へ
親という存在は、少なくとも我々が社会に出るまでは子にとって無償の関係である。
その存在とどう付き合ってきたか。
これがそいつにとって人との付き合い方に如実に表れるのではないかと思う。
智子とか西畠とかを見てると、親といい関係だったことが容易に想像できるし、
事実両方とも親のことが好きだと言いまくっている。
ところで、うちの父親の教育方針は
「何でも自分で考える子」
というものであったらしいことはいつか述べた。
いまさし少年はその意向通りにすくすくと育ち、
たしかに自分で考える子にはなったものの、
どこか自分という存在を家族と切り離して捉えるようになった。
物心ついた頃から両親が喧嘩しまくっているという、
ともすれば子が非行少年に走ってしまう可能性を秘めに秘めまくっていた家庭環境にありながらも、
悪いことと言えば万引きくらいしかせず受験シーズンにはせっせと勉強して
1浪はしたものの京都大学という大学に入学したのは、
家族の状況にかなり無頓着だった性格が幸いしたのかもしれない。
他人事に非常に鈍感なのである。
最も身近である両親をして他人事と言いきっている時点で相当感覚がずれているのかもしれない。
まぁ、こういう性格なのである。
しょうがない。
ということで俺は他人に興味があんまり、というかほとんど無い。
それでも最近はけっこうマシになってきた。
きっかけはダークである。
俺はあの場で他人を信用するということを微かではあるが覚えた。
この感覚は今後しっかり育てていきたいものだ。
・・・・・・・・・・・・・以上前置き・・・・・・・・・・・・・・・・・
話は変わるが、
俺が反抗期を迎えたのは一般人と比べ随分遅く、大学1~2年くらいの頃である。
最近になってその理由がわかった。
俺が高校生の時に両親の前で反抗期などになっていたら、
楽勝で家庭が崩壊していたからだ。
高校生の俺は家族の中にあって今にも切れそうな家族同士の細い糸を
なんとかつなぎ合わせようとしている存在だった。
現在のボケ癖はそのころ身に付いたものかもしれない。
でも、俺とハマー(※天才の弟)が同時に大学に入学した日に、親父は家を出て行った。
おかんは急にひとりぼっちになった。
そこに反抗期となった俺が電話越しに喧嘩を売りまくるのである。
ただでさえ人一倍寂しがり屋のおかんである。
たまったもんじゃなかっただろう。
未だにあの頃を振り返ると胸が痛む。
おかんは一人でも食っていけるように、看護師の学校に行き始めた。
齢50にしてまさかの学生生活である。
おかんはもうちょっと信じられないくらいの若作りではあるとはいえ、(大学入学手続きのため京大に来ていたおかんはサークルの勧誘に会ったほど。ただし後ろ姿からである)あの歳での制服姿は少し犯罪である気もした。
いつのまにか反抗期を脱出した俺は仲良くおかんと接し始めた。
幸いなことにおかんは同僚に恵まれ、4人の仲良しおばさんグループでどこどこに遊びに行ったとかそういう話を帰省の度に聞かされ、随分楽しそうで安心した。
このおばさんグループは下は35から上はおかんの54の4人組なのだが、
全員死ぬほど若作りで、実際の歳より10歳以上は若く見える。いやまじで。
勉学に遊びに、おかんはずっとこのグループと行動を共にしたみたいだ。
50過ぎてるくせに、仲間にパソコンの使い方を教えていたらしい。
ある日おかんは「一生学校続けたいよぉ」と言った。
毎日家事に明け暮れ、 喋る相手といえば道で会う近所のおばさんか男だらけの家族だったおかんが新しい人付き合いを見つけたことが単純に嬉しかったし、 この歳になっても人生を楽しむ気質をおかんが持っていたことに感動した。
そんなおかんは4年間の学校生活を今日、卒業した。
親父からの援助もないため(この理由もようわからん)金を稼ぐために夜はバイト、
昼は学校という体に鞭を打ちまくる生活。
歳を重ねて言うことを聞かなくなる脳味噌と身体。
それらに耐えながら自分より20歳も下の先生のもと、
10代のピチピチのライバル達に打ち勝ち
学年(83人中)で4位という成績を残して卒業するおかんは、
どこの誰がどのように見ても立派すぎた。
ローマ法王だっておかんを尊敬すべきだ。
何か変な話だが、俺は父兄としておかんの卒業式に参加した。
おかんの名前が呼ばれ「はい」と言って起立した瞬間、涙が流れた。
おめでとう。
頼むから、長生きしてくれ。
2008/03/05
僕らが発展する手法として
「あいつは影響されやすいやつだ」
と俺らが誰かを指して言うとき、
そこには少し否定的な意味が含まれる。
その一方で、俺は
「影響されなければ何かに接触する意味がない」
と思っている。
セッションに行ってぼんやり演奏して、
はい4時間経ちました。
誠に時間の無駄である。
せっかく時間と金をかけるのならば、
何かを摂取して自分の糧にしなければ至極もったいない。
俺は結構好き嫌いが激しい方で、
もちろん身近な人間の中にも嫌いな人間はいるが、
絶対そいつの中に、一つは自分に無いプラスの側面を探す。
まぁといってもそれで嫌いが治るわけではないが、
少なくともそういう癖が一つ身につけただけで、
随分謙虚に人と接することができるようになった。
そして素直に接することができるようになった。
気がする。
よくよく思い直せば俺は結構影響されやすい人間で、
一時期イニシャルDにはまっていた時は桂坂を原チャでいかに高速で下りきるかに挑戦していたし、
ゴルゴ13にはまっていた時は「俺は人に背を見せない・・・」とかほざいて壁を背に人と話していた。
ジョジョにはまっていた時は無理矢理自分のベースをスタンドにしていた。
まぁこれらの例は単純に笑い話である。
高松伸という世界に名だたる建築家が京大建築学科で教鞭を振るっているが、その人が
「オリジナリティは模倣から生まれる」
と言っていた。
強く印象に残っている。
俺の場合はそれを聞いた2年後ぐらいに、音楽を通して実感した。
模倣と影響がイコールとは言わないが、
ある程度パラレルな関係である。
芸術というもの(俺は建築は芸術とは思わないが、便宜上ここで建築の芸術的側面を指してこう表記しておく)を実践する者にとってオリジナリティが武器になるという観点が、そのまま人生というものに適用できるとは思わないが、両者に共通する「発展」という要素に対する示唆として伸ちゃんの言葉をこの場での解釈に合わせることができる。
影響されることは良いことだと思う。
しかしその方法にひとつポイントがある。
ただ何もかにも影響されまくっているとそれはそれで
「あいつには自分がない」
という話になる。
恐らく冒頭の文が否定するのはそういう側面である。
じゃあどうすればいいか。
上記の状態を回避するために重要なのはバランスではなく、信念だと思う。
自分の哲学とか信念に乗っかかる形で、
それらを一歩先に発展させるような影響を与えてくれる要素を
積極的に発見し、自分の生き血としていくのが「影響」の正解なんではないだろか。
「影響されなければ何かに接触する意味がない」
と上で書いたが、正確には
「何かに接触するなら、影響される要素を探しださないと意味がない」
なのである。
自分を発展させるために、と言う意味でこの結論を考えたが、
そもそもそんな難しいことを考えなくても、こうした方が間違いなく人生楽しいのである。
2008/03/04
クソアホどもが 夢の跡
ジャズ系の免許ブームのさきがけとして実は昨年11月より単車の教習に通いはじめていたワタクシであるが、先日デルタのおっさんからこんな話を聞いた。
自転車が車道を通ることを義務づけるという議題が国会で挙がっているらしい。
現道路交通法では一応規則としてはそう決まっているのだが、
じゃあチャリが歩道を通っていることをわざわざつまみあげて何かしらの
罰則を加えるとういことは現在行われていない。
それを今度からしっかり罰金を課すようにしましょう、というお話。
何で連中が今更こんな議題をぶち上げているのかというと、
近年、歩行者-チャリ間の事故が多発しているからだと。
なんと情けない話であろうか。
普通にチャリ乗ってて、警察沙汰になるような事故がそんなにしょちゅう起こるもんだろうか。
俺は知人からそんな話を聞いたこともない。
自転車乗りとしてのマナーが最低限備わってさえいれば、
あんな単純な乗り物は人を殺す凶器にはなり得ないと思う。
「何か危険だッ」と感じればスピードを緩める、
あるいは一旦停止する くらいの注意力で事故なんてよっぽど運が悪くないと起こらないもんである。
そんなマナーの備わっていないクソアホどもが日本中を跋扈している事実。
ああ情けない。
なんでそういうクソアホのために非クソアホの行為が限定されなければならないのか。
情けなさすぎて乳首がうずく。
原チャライダーにはおわかりかと思うが、
車道を通っているチャリははっきり言ってクソ邪魔である。
メッセンジャーのようなスピードで運転する猛者であっても、はっきり言ってクソ邪魔である。
そんな法律がまかり通るとバイクとチャリの事故が極端に増加することかもしれない。
ああ恐ろしい。
同じ問題構造は京都の川床の話にも言える。
これは確か西畠から聞いた話だが、
京都鴨川名物の川床の高さ、色がすべての店で統一させられるという。
理由は、現行の規制を破る店が多発したからだと。
ここにも
クソアホのせいで、非クソアホまでもが規制を受ける
という構図が発生している。
しかしこの場合は、全ての川床の高さ、色がビターっと揃ったのも
それはそれで景観として綺麗かもしれないという予想もしている。
だから、結果としてはどう転ぶかわからないのだが、
とりあえずクソアホの存在に非当事者ではあるが憤りを覚える。
まだある。
先日、新居契約のために仙頭氏に40万という金を振り込む必要があった。
郵便局に行って話をすると、10万円ずつでしか振り込みができないという。
しかたなく4回に分け、手数料という何の実態もない対象に280円×4回の金をつぎ込み、
後ろで待っている人を過度にイライラさせながら(余談だが、俺は相当イライラ症患者であり、レジとかATMでとろくさい奴を見るとスパナで頭を割りたくなる衝動にかられる。なので、逆に俺がレジやATMに際したときは絶対に後ろの人をイライラさせないように、最大限迅速に用を済ませるようにしている。この4回連続振り込みはそういう意味で極めて屈辱的だった)、ようやく振り込みを終えた。
なにをどう考えてもオレオレ詐欺の影響であることは明確で、
これもつまりは
クソアホどものせいで非クソアホどもが(以下略)
という構造に問題の根底がある。
もちろんだが、ここでいうクソアホと言っているのは引っ掛かる方ではなく、
こんなしょうもなさすぎる手口で金儲けしようと企んだ引っ掛ける方のことである。
なんでこんなクソアホのせいで善良な市民である非クソアホにどちらかといえば属する
俺の行為が規制されなければならないのか。
悲しくなるほど情けない。
法や規律とは、人間のマナーを補完するものだと俺は思っている。
その法が細分化・肥大化していることは、建築基準法、道路交通法、ネット関係の規制、
どれを見ても近年の傾向として当てはまると考えてよいだろう。
ひょっとしたら有史以来、法はその傾向を常に保持してきたのかもしれない。
これに関してはよくわからん。
人間のマナーを現行の規律で補いきれなくなった場合に新たな規律を追加する、
というのがマナーと法の関係なら、最近の法の傾向は人間のマナーの陳腐化を示すものだ。
これすらも
その時代の価値観として片付けるというのか。
ああ情けない。
乳首がかゆくてたまらん。
2008/03/03
「相性」をあえて難しく説明しただけ
こんな俺にも人並みに知人はいる。
そいつに何を求めて付き合っているのかは人それぞれである。
例えば俺が山中に求めるものと倉都に求めるものは全く違う。
そのうちの判断基準で最たるものは
おもろい/おもろくない
である。
意識はせずとも、大体の人が当てはまるのではないか。
誰かと話していると勝手に話が
「あいつはおもろい」
「あいつはおもろない」
という方向に行くのはその現われであると思う。
一口におもろい-おもろくないと言っても、
完全に主観でしか語れない問題であるし、
さらにそれを発信者と受信者のダブルフィルターにかけるという
恐らく宇宙の構造よりも解明が困難な話である。
どうしても定義どおりに主観で話するしかない。
俺の知人の中ではもちろん
「こ、こいつはおもろい!!」
と思えない人間もいる。
俺のあかんところは、
俺の目に見えてない、そいつのおもろさの可能性を予想しなかったことだ。
恋人の前ではおもろくなれる奴。
同姓の友達の前ではおもろくなれる奴。
異性といる時はおもろくなれる奴。
先輩の前ではおもろくなれる奴。
後輩の前でおもろさを発揮する奴。
M2となった今、俺がジャズ系の連中とつるむと、
そいつらは俺とは「後輩」という立場でしか接することはできない。
もしそいつが「先輩の前では何かおもろくなれない奴」だったら?
・・・・・
こんな話をしようとしたのではなかった。
今日は新井さんの結婚式2次会に行った。
はっきり言って今まで行った結婚式の中で一番良かった。
140人という過去最高レベルの人間を集め、
そんな数の人の中にあって、新井さんは一言で言えば「人気者」だった。
月並みだが、
「皆が新井さん(新婦の友人ももちろんいるが)のために集まった」
それを最も感じた結婚式だった。
たまに、
「誰の前でもおもろくなれる」
人がいる。
新井さんはそんな人だ。
新井さんのために集まった皆が、やたらおもろかった。
俺にはそんな特技はない。
かなり限定的な付き合いをしている人間である。
ちょっと羨ましかった。
京都に帰って、白坂と武田と3人で飲んだ。
あの2人も、そんな人間だ。
武田は階段で吐いた。
2008/02/28
YUKI
もう雪が嫌いでしょうがない。
あんなものクリスマスだけに降ればいいと思っている。
ただそれだとスキー産業に従事する方たちの収入源が断たれ、
雇用問題に深刻なダメージを及ぼすことになるので、
せっかく売り手市場となった就職活動が逆戻りするという危険を伴うこと必須であるし、
雪が降っているのを見るのは結構好きである。
俺がこう思うようになったのは恐らく原チャで移動するようになってからだ。
従って俺の周りだけ雪が避けて通るシステムの実現が望ましい。
以前この場所で「俺は誤解されるということが一番嫌だ」と言った。
それは自分がありのままでない状態であるからだ。
俺は100%という状態に美学を感じるのであって、
誤解されるという状態は100%でない。
だから嫌いだ。
雪や雨も同じであって、
晴れの日に100%の状態で運転できる現チャが雪や雨によって100%でなくなる。
前は見えないし路面は滑るしでいろいろなことを気にしないといけないし、
第一寒い。
だから嫌いだ。
ちなみにYUKIは大好きである。
未曾有の異常気象を目下経験中の京都では昨日も雪が降った。
そんな中センセイとの打ち合わせの日程を勘違いしたために
吉田-桂間を2往復するハメになり(計2時間半)、しかも単車の教習を2時間みっちり受けてしまった。
気が狂いそうになった。
その後ショメショメになりながらもリズム飲みに合流した。
エディと2時間ボケ続けた。
もうあいつとは1年間喋らなくていいな。
2年弱、敢えて封印してた真面目な話を全くしない飲み会というのも、
これはこれで寂しい気もする。
2008/02/27
塩ノ谷幸司に捧ぐ
最近は色々ありすぎて私のライフワークでもなんでもないこの五臓六腑も停滞の限りを尽くしていた。
おかげで日毎のアクセス数も減少の一途を辿ることとなっている。
とりあえず無事に卒業できそうだということが現在分かっている。
4月からの新居も決まった。この詳細はまた後日一筆添えることとする。
特筆すべきことと言えば、ダブルフォースのワンマンがあった。
塩ノ谷幸司という関西学生フルバン界でその名を轟かせる大先輩が
どうしてどこの馬の骨かも分からないこのうんこベーシストを
このバンドのために拾ってやるかと思い立った経緯はよくわからないが、
恐らくネットオタクという共通項が裏で糸を引いているのではないかと俺は考えている。
そんなこんなでネットは恐ろしい。
それからというもの
俺は半年に1回ほど多喜が無理なライブに呼ばれてライブすることとなった。
2008年1月は下宿に4回しか帰らないという生活が示す通り、
初ワンマンに向けて猛練習していた(と想像する)他メンバーを尻目に全ての合奏を休む。
2月は2月で思っていたのより10倍忙しい現実に追われ個人練ほぼゼロで
結局2回のリハ、しかも両日ともドラムのサコが早退という都合も合わせて
いまさし個人としては合計4時間の練習時間を武器に望んだライブだった。
はっきり言って不安で不安で、
前日は爆睡した。
今、恐る恐る録音聴いている。
まあそう悪くない。
The Happy Songで何故か任されたベーソロも何とか乗り切っている。
この曲は管楽器にとってはしらんがベーシストにとってはやたら進行がややこしくて
正直鬼門なのであるが、まぁよかった。
またドラクエをやってしまったことには目をつぶろう。
俺の場合、ライブ録音は何度も聴いてしまう録音と、
一回聴いただけでお蔵入りしてしまう録音にはっきり分かれるが、
これは何度も聴いてしまう部類に入りそうだ。
自分で驚いたことだが、
ライブ中に、「やけに冷静だな俺」と思っている部分があって、
リハでは絶対間違えていた事が本番でいきなりできていたりした。
昔は本番になると興奮しすぎて「何がなんだかわからないけど盛り上がっている」
という状況によくなっていたが、
その頃に比べたら随分成長したということにしておこう。
白坂が最後に出演するMOJO SAMが見れなかったのははっきり言って痛かったが、
いちファンとしてダブルフォースを客としてみると同時に
出演もできる日としてお買い得感満載だったのではないか。
特に高田組長のA Night In Tunisiaは震えがくるくらいかっこよかった。
客として見れてよかったと思っている。
高田組長と言えば、
その名前が示すとおり、肩がぶつかったら即謝ってしまうような風貌に反して
何かしらチャーミングな雰囲気漂うお兄さんで
「この人はただものじゃない」
とずっと思っていた矢先、さっきmixiのページをハケーンした。
日記が面白すぎた。
やはりただものじゃなかった。
てっきり朝まで飲み会やるんかと思っていて
伏見の追いコンに行ったらその間に飲み会が終わっていた。
泣ける。
この俺にしては珍しく「話したい」と思う人が結構いるバンドなのに、
ちょっとこれは長い間後悔するかもしれない。
願わくば、もっとこのバンドと関わりたかった。
それもこれも多喜がまわしてくるライブが全部イベントもので
打ち上げがないものが大半だったからである。
東京遠征は楽しかったなぁ。
塩ノ谷さん、
このワンマンを通して
あなたのフルバンにかける想いには感動しました。
誘って頂き、本当にありがとうございます。
2008/02/22
アウトプットとしての歌
これは何の理屈でもなく、「何かそう思う」くらいの話でしかないが、
絵を描く者として、デッサンは必ずできる必要があると思っている。
絵としての説得力みたいなもんを求めるなら、「ものを見たままに写実的に描ける」という能力が最低限必要なのではないだろうか。
それがCGのようにマウスを使った表現であっても
漫画のようにデフォルメされた表現であっても、そう思う。
たぶんあだち充はああ見えてたぶんデッサンが結構うまいんだろうと思う。
たぶん働きマンを描いている女は見た通りデッサンが下手糞なんだろうと思う。
完全に「気がする」レベルの話だが。
だからというわけではないが、働きマンは結構嫌いな部類に入る。
音楽の話に置き換えてみる。
ここでいうデッサン力は、歌うという行為に相当するだろうというのが俺の持論だ。
昔、山口さんが「聴けること以上のことは演奏できない」と言っていた。
プロの演奏を聴いてそこから微妙なノリとかニュアンスを感じられない人は、そのニュアンスを楽器で表現できないということだと理解している。
同感も同感。同感至極である。
これはインプットの話である。
ほんで、俺はそれを踏まえて次に「歌えること以上のことは演奏できない」と思う。
これはアウトプットの話である。
最も身近でお手軽な表現手段である「歌」は、その人がどれ程ニュアンスとノリを感受できているかという点で、完全にとは言わないがかなり近い形で表現していると思う。
昔ダーク2005でカラオケに行ったことがあるが、泰静の歌はやっぱり泰静のテナーだったし、ちゃっかの歌はやっぱりちゃっかのテナーだった。
上の2人がそうだという意味ではなく、演奏がグルーヴレス(この言葉使いたくないなあ)な奴は、そいつの歌練を聞いてもグルーヴレスなのである。
まあ歌練の場合は「照れ」という要素も関与しているだろうが。
もっと単純な話、曲に合わせて2-4で手を叩かせてもそいつがどんだけのことを感じているかが分かる。
やっぱり気の抜けた演奏をする奴は、気の抜けた手拍子をかましてくれる。
ちなみに、とりあえず自分のことは棚に上げている。
スイングのベースラインを歌う姿がよく気持ち悪いと言われる俺だが、
歌っているときは常に「いかに歌えばスイングっぽく歌えるか」ということを気にして歌っている。
ベースというアウトプット機器を使用した場合にそれが表現できるかどうかはまた別の練習が必要だが、アウトプットの第1段階として歌でそれを表現できるようになればこれは強いぞと思う。
これなら楽器もいらんし、イメージ力強化という点でもいいと思う。
しかし、となると、有名なジャズメンはみんな歌がうまいということになる。
なんかそれも違うような気がするから、ひょっとしたら俺だけに相当する話かもしれない。
ちなみに元ストレイキャッツのベーシストであるリー・ロッカーは
ブライアンセッツァーよりも歌がうまい。
ただしセッツァーにはあってロッカーには無いものがあった。
「華」だ。
悲しいのう。
2008/02/20
夢のしょぼさ
学生生活に6年という時間を費やし、
恐らくそのうち75%くらいはバンドで語れるという
見ようによってはまぁ幅の狭い生活ではあったかもしれないが、
それなりに身分相応(のつもり)である夢というか欲求というものを
逐次叶えていくあるいは満たしていくというプロセスだった。
近いところでいうと、去年にはかねてから
「演奏したい!!」
と思いまくっていたカウント商店のベイシー坊やの「The Heats' On」と
ミンガス兄貴の「Moanin' Mambo」を演奏することができた。
叶えてくれたのはダブルフォースだった。
定演ではかねてから実現したい!!と思いまくっていた
ベースという楽器で客とのコール&レスポンスをすることができた。
叶えてくれたのはおかんの知恵だった。
今週末はかねてから
「演奏したい!!」
と思いまくっていたRyan Hainesの「Like Thunder」を演奏することができる。
わーい。
リハの時点で演奏中に自分で体が震えたんだもん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2/23(土)
Double Force Jazz Orchestra ワンマン
@京都RAG
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いやーん。
悲しいことに、かねてから
「最後に一度見たい!!」
と思っていたMOJO SAMとかぶっている。
(T_T) オワタ
「なんだ。いまさしの夢なんてものは25歳になったというのに随分しょぼいもんだな」
と思われるかもしれません。
ただ、「夢のしょぼさ」ってのが実は明るく生きるポイントなのではないかと、
最近は思っています。
全く同じことを実現するでも、
それを当然としてみるよりも夢として語ることができたら、
日常生活が楽しいことばかりです。
それによってでかい夢を抱かないようになってしまうと、
これはこれであきませんがね。
さて、
恐らく現在決まっているライブで、学生生活のライブは全て終わることでしょう。
その中で
・ゲーム音楽をバンドでやる
・ベース以外でライブをやる
この2つの夢は叶えます。
残るは
・Duke屋さんのエリントンヌ君の「Perdido」をやる
・弾き語りをやる
・6弦ベースでサンプリングしながら一人ライブをする
という夢です。
これらはなんかちょっとどうでもよくなっているので、
まぁそのうちかなえるとします。
2008/02/18
時間の遣い下手
音楽を聴いている時間が無駄なんじゃないか。
とかたまに思います。特に最近。
音とりのために音源聴かなあかんとか、
「誰かに借りたCDだから聴いてみよう」とかはいいんだけど。
今まで何十周、何百周聴いたかもわからんような曲を聴きながら、
「あーやっぱり大好きだわ」
とか思いながらぼーーっとして、
気付いたら1時間経ってたとか、
ちょっと気が狂いそうです。
「音楽を聴く時間が無駄」となかなか挑戦的な言い方をしてしまいましたが、
俺の場合、音楽を聴くと聴き入ってしまい、
他のことに頭が回らなくなるからアカンのです。
その間、事態は何も進展していないからです。
それだったら新しい表現を探ってフォトショップいじったり、
ホームページ創ったり、
楽器の練習したり、
文章書いたりするほうがずっと有効な気がします。
あるいは修論の修正項目を整理したり、
新居契約のために住民票を取得しに行ったり、
2年間滞納している原チャ税を払いにいったり、
カードが紛失している銀行へ問い合わせに行ったり、
単車の教習所の予定あわせとか、
いろいろなことを清算せなばなりません。
特に学生生活もあと1ヶ月半とせまり、
時間がとにかく無くてやらなあかんことが山積している今の状況、
受身になっている時間はもったいないです。
えーと、
残りの時間で
京都に来てから知り合った皆に会いに行きたいです。
2008/02/14
京都バーニング楽団オンライン
ホームページ作っていたら24時間たっていたという逸話が伝説化しているいまさしさんですが(実話)、
メンバーに了承も得ずに独断で制作していた京都バーニング楽団のホームページを
「一般オープンしよう!!」と勝手にバンドの総意あるかのように決め付け
皆様のお目に触れる機会を無理やり設けることとアイなりましたのでこの場でご報告申し上げます。
まぁはっきり言ってしまうと自信作です。
決して大作ではありませんが、
俺が今まで作ったホームページの中で一番かっこいいと思っちゃって候。
テヘッ。
以下セルフレビュー
このページでは「スクエアからの脱却」をテーマにしました。
四角のことです。
ホームページを作るに当たって最も基本的な図形はスクエアです。
というかパソコン上で何か作業をする以上、基本単位はスクエアであることが多いです。
ぱっと見ただけで検索窓、下部のツールバー、ページ上のテーブル、ボタン…などなど、
ディスプレイ上に膨大な数の□を発見できるでしょう。
恐らく数式で図形を表現する時、ドットとパスで表すのが都合いい、というか楽だからです。
またスクエアはスペースの効率化という面からも丁度いい。
逆に言うとパソコンで何かを制作する際、スクエアの呪縛というのがどうしてもついてまわる。
何を作るにしても、スクエアの組み合わせになってしまう。
まぁ、基本的にスクエアというのはスマートな図形であるので
それでかっこいいものが作れるのではあ~る。
ただ最近の「どうも自分が作るものが同じものににしか見えん」という欲求不満と
そもそも京都バーニング楽団の誰を見てもスマートとは程遠い連中でしか構成されてない
という現実を照らし合わせて、テキストスペース以外はスクエアをごっそり無くしました。
「そもそも後1回のライブで分解する予定(なのか?)のバンドなので載せる内容が異常に少ない」
というのもこの方針にぴったり当てはまりました。
なんでテキストスペースはスクエアのままかというと、
写真のスペースとテキストスペースを「図」と「地」の関係に配置しようと思ったからです。
片方に注視しているともう片方が背景になるというアレです。
まぁまぁ住み分けが図れたと思います。
そして、これが一番大事なところなのですが、
全部後付けです。
以上セルフレビュー
どういう形であれ、感想を頂けるとうれしいのな。
http://burning.imasashi.ikidane.com/
2008/02/11
シットマン・ブルース
来年度よりの新居を探す旅に来ている。場所はTOKYO。
せっかくなので新宿のとあるゲーム会社で並みのリーマンよりも働いている
弟と飯を食った。
そこで俺は
「外交というものの裏は政治家としての嫉妬心で説明できる」
という論を展開すると、ものの見事にボコボコにされてしまった。
嫉妬とはどういうものだろうか。
恐らく、誰かある人物が自分の望むような立場にいることに憧れを抱きつつも、
立場上や何らかの要因でそれを肯定的に受け止めることができない心情
とでも言えるだろう。
多分誰もが思いつく内容である。
嫉妬を覚えた経験のある方なら誰でもおわかりになろうが、
この気持ちはどんな気持ちにも代え難いしんどさがある。
正直俺は大嫌いだ。
これは俺が思うに嫉妬心という心情自体が矛盾の上に成り立つものだからだ。
以下、もともと俺は嫉妬心というものの全てをここで語ろうとしているのではない
ということを了解した上で読み進めて欲しい。
何からの要因で他人を肯定的に受け止めることができないのは、プライドのせいである。
そこには自尊心が発生する。
自尊心とは価値判断を自分に任せる行為のうちの一つである。
しかしある特定の人を見て「この人の立場になりたい」と思っている時点で、
そいつは価値判断を自分の外に追いやっていると言える。
つまり嫉妬心を抱くということは、
価値判断を外と内に任せるというダブルアクションを同時に行うという意味で
矛盾なのである。
その整合性の欠如が、あの嫉妬心特有のしんどさの基なのではないだろうか。
俺はこの場所でも度々書いてきたとおり元来重度の嫉妬屋さんであり、
22か23くらいまではそれで随分悶々とした日々を送ってきた。
嫉妬が大嫌いだった俺はそれを「価値判断の完全内在化」という形で解決してしまった。
もう誰を見ても「ああなりたい」と思わなくなったし、
今現在自分が自分であることに絶対的な誇りを持つようになった。
おかげで自信が身についたし、
後輩から「キャラ変わりましたね」と言われるくらい誰とも素直な感じで接することができるようになった。
ただしそれはある意味「変化への諦め」を伴っていることが危険だ。
思えばダークをやっていたあの頃は嫉妬心との抗争の経緯として、
今でもドラマチックな青春として俺の大事な記憶となっている。
そこに変化があったからだ。
嫉妬心を捨てた俺はこれから変わることができるだろうか。
それを試す場としてもはや社会人しか残されていないということに危険は感じるが、
実際まぁどうでもええわというのが本音である。
2008/02/07
僕は行くよ
思うに、自分の立ち位置を決定するものは「意志」及び「意志表示」である。
それは明確であればあるほど強いものとして機能する。
そして「意志」を生むのは「決定の連続」に他ならない。
さらに言うと「決定の連続」には思考回転とそのスピードによって決まる時間を要する。
奴がどんだけ時間をかけて達した結論かは知らないが、
去年の木本がある意味「わかりやすい存在」となっているのは
奴自身がD軍及びブログという媒体を通じて行った意志表示の結果による。
ちなみにここでは断じてキャラの話をしているのではない。
ところで、
決定を躊躇する人間はすなわち意志表示する手段を持たない。
しかし特にそれで生活が困らないというシステムに日本はなっている。
幸か不幸かは知らない。
しかし、来年から始まる社会人生活において、
意志表示だけは絶対に怠らないつもりだ。
それが社会におけるマネーとはまた違った意味での武器になるうると信じるし、
第一それが俺には快感だからだ。
さて、社会的責任を比較的負わなくてもかまわない若造のうちは
誤った意志表示をすることが許される。
しかし同時に、ちょうど俺らの世代は「分からない」「どないしましょ」という「意志表示以前」では
押し通せない年齢に差し掛かっていることも実感した。
つまり「最も挑戦的になりえる立場」に今いると言える。
社会人1年目から、長く見積もって5年目はこの期間に相当すると予想する。
その挑戦的になってもいい時期を有効に活用するには、数多くの意志表示をすることだ。
特に広告界を牛耳るフィクサーとかそんなビッグな人間になるつもりはさらさらないとは伝えたが、
意志表示をしていくつもりはある。
そしてそれが社会の空気を読めているものなら結果は勝手にあとからついてくるはずである。
その空気の読み方は、5年間でどれだけ意志表示を行えたか、「数」次第だと考えている。
俺は修論でそれを実践しなかった。
最後まで内容に興味を持てなかったからだと言えば逃げだろうか。
加えて思考回転スピードが決定的に遅いという欠点を持っていることも自覚している。
しかしだからこそ最も興味を持てる分野に就職した。
ここで駄目なら俺は何をやっても駄目だろう。
俺が修論を通して(その出来の悪いさの原因を今の段階で探って)感じたことと、
その合間に読んでいた「沈黙の艦隊」で気づいたことは、
上記の点で、つまり「意志表示が持つ意味」に関して一致した。
とにかく今日、卒業が確定した。
なのに明日がゼミとは、どういうことだ。
2008/02/04
イデアル先生
たしかあれは2006の山野の次の日にダークとどっか(中央やったっけ)がクロコダイルで対バンして
その打ち上げに行きましょうかねと言いながら、現役から場所についての連絡を受けるのを
待っている間にどっかの駅降りたところで泰静と西畠と3人で話している時だったと思うんだが。
泰静と西畠は考え方が似てる。
そんでいまさしの考え方はとても自由だ。羨ましい。
なんてことを泰静が言っていた。
俺もその頃はそう思っていた。
まぁ正直言って優越感も持っちゃったりしていた。そんときは。
しかしいつぞやかこの場所で言ったように、
結局俺のものの考え方なんてそんなに柔軟ななものではなかったのだ
というのが最近の俺の流行りである。
そういうフィルタを通して見たとき、泰静-西畠ペアと俺の違いというのは
「リアリストかそうでないか」というだけであって、
発想が自由かどうかではないことに気づく。
リアリストというのは、
つまり「制約条件を意識して」、「最善解ではなく」、最適解を求めるひとたち。
というのが俺の解釈だ。
特に、その制約条件というのが自分の力だけでは如何ともし難い強大なものである。
※この場でいうリアリストとは逆の意味で俺が属する立場をイデアリストと呼んでおくが、
俺は別に理想主義なわけじゃないから、便宜上の呼称であることをご注意願いたい。
そう言ってしまえば別に泰静も西畠も現実主義ではないから定義的な意味で
彼らのことをリアリストと考えないで頂きたい。
いちいち「制約条件を意識する人たち」とキーボードを打つのがめんどくさいから
そう呼んでおく、程度のことである。
修論進める上で、
「あっちが起てばこっちが起たず」
という状況を何度も何度も経験する上で、
リアリストでい続けるということがどんだけエネルギーの要ることなのかがうっすらと分かった。
それまではリアリストのことをちょっと小馬鹿にしていたところがあったんだけど。
そこから出る結論がどうとか、そういう話じゃなくて、
リアリスト的にものを考えるということそのものが、なんかすごいなあ、という感じ。
それはもちろん「俺とは明らかに方向性が違うわ」という意味も含まれているのだけれど。
ところで、
リアリストの最たるものはたぶん政治家だと思う。
昔は政治家のことをうさんくさいくらいにしか思ってなかったが、
最近は、あの人たちも環境、経済、社会、建設、流通、俺らが想像するより
はるかに多くの制約条件の中で答えを出そうと必死なんだろうと思う。
そのために恐らく膨大な量の勉強をしてきたはずだ。
そんな政治家ばかりではないのも知ってるけど。
それもやっぱり修論進める上で主に建築関係の法令とか会計法などに目を通した時に、
俺はそこで初めて法律というものの中で意識されている制約条件の数が半端ないことに気づいた
ことが大きいと思う。
そこで展開されている世界は、
一つの建築が建つということは天文学的数字に及ぶ(言いすぎ)制約を乗り越えた上で、
ようやく成立しているというものだった。
同時に「俺には手に負えん」とも思った。
そして俺は建設業界には進まず、より制約の少ない広告というジャンルを選んだ。
対して泰静はてっきり政策関係の道に進むのかと思いきや、
いきなり民間の不動産に行っちゃったりして、「あれれ」と思っていたのだが、
恐らくこの世の産業と呼ばれるものの中で最も制約条件が多い建設産業に足を踏み入れたことは、
意識的か無意識的か、やっぱり泰静らしいのである。
人の決断は、結局その人が出るのである。
うーんおもしろい。
逆に漫画家とかゲームクリエイターのような、虚像としての世界を構築する人たちは、
イデアリストだと思う。
例えば熱血野球漫画にいきなり宇宙人が出るのはおかしいなど、
そういう制約はもちろんあるのだが、「熱血野球漫画」という世界を自分で選択できるという点で
やはりイデアル的である。
しかし実に練られた漫画やゲームであればあるほど
自ら構築した世界の中でつじつまが合うようにしなければならず、
そういう意味ではリアリスト的な感覚も求められるはずだ。
つまりバランスなのである。
というか100%純粋なイデアリストは間違いなく犯罪者になっているはずだ。
政治家だって全員が100%純粋なリアリストだったら恐らく「決めごと」は不可能である。
どちらが強いはあるにしろ、俺らにはリアリスト的な部分とイデアリスト的な部分があるから、
社会の中で生きて行きながら、変化していけるのだと思う。
2008/01/31
せいか痛
↑
ワタクシが2008年1月の95%を費やしたであろうスペース。
右手に見える青い椅子は桂の七不思議のうちのひとつ、
「座ったら修論書く気がおきなくなる椅子」だとかなんとか。
さすがに1週間以上研究室で寝泊まりしていると暇で暇でしょうがないので(←虚言癖)
一日を0時から24時までぴーっと紙切れに線を引いて
「何時から何時まで風呂行ってた」とか「飯食ってた」「zzz」ていうふうに
自分の行動を大雑把にメモるというささやかな習慣くらいしか楽しみがないのである 。
寝たくなったらすぐそこにあるソファで寝る。
ゼミ前日とかでやばいときは仮眠程度にする、
というほとんど指針に頼らない自由気ままな生活をしていた。
つもりだったが、その「いまちゃんメモ」を今振り返ると
24日の昼から、
昼から4時間くらい寝る→24時間くらい起きる→16時間寝る→28時間くらい起きる
→昼から4時間くらい寝る→24時間くらい起きる→16時間寝る→28時間くらい起きる
→昼から4時間くらい寝る→20時間くらい起きてる→現在
というサイクルにきれ~になっていた。
となると、俺はあと4時間後くらいに16時間の睡眠に入ることになる。
起きたら修論提出〆切3時間くらい前ですな。
ぎゃぎゃー
2008/01/28
3流スイマー
誰の陰謀か知らんが我々人類が持つ性欲・食欲・睡眠欲を
総称して3大欲と呼ぶということが知らん間に勝手に決まっている。
このうち、時間という観点から考えるなら
睡眠欲だけは他の2欲とは比較にならないほど代償が大きい。
ちなみにここでは「前戯に8時間かけない男は男じゃない」とか言い出すフリーダムな女とか、「一度食べ始めると8時間止まらないですぅ~」とかおっしゃるソウルフルなお姉ちゃんとか「米はよく噛んで食べろ。最低8時間じゃ」とかのたまうハルマゲドンなおじいさんのことは考えないことにする。
そして、「何かを成し遂げるには、人生は短い」と気づいてしまった人たちは、
真っ先に睡眠欲を断つのだろう。
就活やってた時に足を運んだ広告セミナーで、箭内さんが「平均1時間しか寝てない」
と言っているのを聞いて、その時ふと
「ああ、何かしらビッグになる人は睡眠を削ってるんだなあ」
と思った。
その発言のうちの何割が誇張かということ話はとりあえずしないとして、
頭の奥底でうすうす思っていたことが、わりと形を持って
「あぁやっぱそうかあ」
と思ったのがこの時だった。
最近ほぼ毎日顔を合わせておるウチのセンセは
学部生の頃は一週間で計8時間の睡眠以外はひたすら論文を書きまくり、
現在も齢55くらいにして3時に寝て6時におきるという日本国首相並の生活を続けているらしい。
そら自分で「このテの研究に関したら日本、韓国、中国では俺が一番知ってる」とか言うわ。
バイト先でも研究室でも仕事が超できて上司から絶大の信頼を一手に引き受けつつ
おまけにイケメンという文句のつけようがない最強の先輩(バイト先の)も
2年まえの追いコンでは
「寝る間を惜しんで、勉強して、遊べ」
と言っていた。
これらの人たちはそれぞれの分野を成すために、
睡眠という犠牲をどりゃーと捨てたひとたちだ(性欲と食欲は知らんぜ俺は)。
さて、
ここで言わしてもらうが、
センセが研究に、箭内さんが広告に抱いているのと同じだけの
情熱でもって全力で俺は毎日睡眠というものと向き合っている。
俺が布団の中に忍び込むスピードは松坂のストレートを軽く凌ぐともっぱらの評判だ。
楽したいとかそういうんじゃなくて、
なんかもう哲学レベルでなにがなんでも1日8時間寝ないと気がすまない。
というのも眠気半分で日中の集中力が散漫になるあれ、
起きてるという気が全くしない。
起きてる時は全力で起きていたい。
バンド練習だって集中してやりたい。
だから十分寝らしてくれ。頼む!!この通りだ!!!!
子供のころに「俺、巨人の星になるよ!!」と宣言したとかそんな伝説も全く聞かないし、
もともとビッグになりたいとか何かを極めたいとか
そんなこと思ってない人間だから、よいではないか~
んー。
これから社会人(卒業できれば)。
大丈夫か。
や、もちろん将来誰に決まるかもわからんお嫁さんと
ドラムと空手をやらせる予定の子供(長女、二男の2人兄弟キボンヌ)を
食わせられるくらいは稼ぐつもりはまんまんである。
俺は生き急いでる人ってのがどうも価値観として苦手で、
(幸か不幸か俺の周りにはそんな奴一人もいない)
「もうちょいゆっくり生きてもいいことあるて。兄ちゃん。」
って言いたくなる。
苦手なんだけど、そういう人たちのことを尊敬してる面もあるから、
同じように俺のことも惰性とか言わずにひとつの生き方やと思ってみてくださらんかのう。
とか言って人間いつか変わるかもしれないのが人生の醍醐味であるとかないとか。
2008/01/27
抜歯
今日はおかんから電話があって
まさし「どうしたが?」
ひろこ「いや、用はなんちゃあないがやけど」
まさし「あそう…」
という出だしから始まって、
何故か5分後には「歯磨きは大事だ」ということについて激論を交わし、
結局二人の結論として
「ハマー(※天才の弟)にも歯を磨くようにしっかり言わなあかん」
ということなった。
ハマー(※天才の弟)は全くと言っていいほど歯を磨かない。
実家にいた頃からそうだったのだから、
俺を止める者は誰もいないぜ!!状態の一人暮らしとなった現在では、
ひょっとしたら敢えて歯に泥を塗るくらいの偉業はしているかもしれない。
おかんが「この子は将来ノーベル賞を受賞するに違いない」と信じきった弟だから
本当にやりかねん。
(ちなみに風呂にもほとんど入らない。)
本人談によると、遺伝かなんかしらんが虫歯に全くならんのだと。
羨ましい限りである。
しかし、
歯磨きの目的は虫歯予防もさることながら、
歯茎を鍛えることであり、健康な歯をできるだけ長い間保ちましょうNE☆
でないと年取ってからいらん金と時間を歯医者に投じることになるでござ~い
というのがおかんとの議論の結論だったわけで、
それをハマー(※天才の弟)に伝えるという有難い使命を頂き電話は終了した。
弟の下宿の汚さは何を隠そう日本ランキング3位タイなのである。
俺が土下座しようが靴を舐めようが
「絶対に掃除はせん」
と言い放った弟だが、
「汚い部屋におると肺ガンになる確率が高くなるらしいぞ」
と言ってやると
「ふむ…」
とか言って考えなおすもんだから、その経験を活かして
リスクを指摘するとあいつも話をすんなり聞くのではないだろうか。
ようちえんじの頃のハマー(※天才の弟)が家の階段で
しゃぼん玉容器を片手に鼻をほじっている写真が悶絶するくらいかわいいのに、
いつから雪の日でもサンダル一丁で外を歩く仙人みたいな奴になったのか皆目見当もつかない。
と涙をこらえながら、
メッセンジャーにピコーンとログインヌしたハマー(※天才の弟)に
まさし「おかんから電話があって、歯磨きがうんぬんかんぬん、というのもうんたらかんたら」
ハマー(※天才の弟)「要件はそれだけか」
まさし「はい…」
次回は色仕掛けで攻めてみることにする。
2008/01/23
得意不得意を超えた僕の答え
あと60日くらいで大学院という卒業する身分になって思うのは、
ここは会社と学生の中間とも言える場所だったなあということだ。
その研究室に所属する限り絶対的な上司とも言える教授との
メールのやりとりや言葉遣いなどの人としての付き合い方や、
修論という形で与えられる「仕事」をこなす上での自分の身の置き方。
これらは多分会社入ったら俺らが味わう環境そのものなんだろうと思う。
ところがそんな場所に俺らはわざわざ金を払って(実際に払うのは親だが)
居させてもらうわけで、その代り特に時間において会社的な拘束、というか義務がほとんどない。
これは学生の特権であると言える。
ということで、
この2年間は学生という形でバンドなんて道楽に身体の65%をどっぷり漬けつつ、
残りの35%で社会人としての立ち振る舞いを体験させてもらった。
学部生の頃にくらべると、
随分と明確な形で社会人というものが想像できるようになり、
もうすぐに迫ってきた社会人生活というものに対して不安なくスタートが切れる。
気がする。
これは就活を経験したことも結構でかいとは思うけど。
そしてこの2年間で、俺は自分が
「好きでないことは絶対できない」
類の人間であることを自覚した。
「できない」というのは、能力的に不可能という意味ではなくて(修論なんて誰でも書ける)、
自分がそれに向かっていこうという気になれないということである。
敢えて難しく言っているが、要するに全く「やる気」になれないというだけだ。
教授という素晴らしい上司に頂いた
「いついつまでにこれこれをやってこい」
という素敵なお仕事を、ある程度常識的な人なら全く興味の湧かないものであっても
それが教授に対する恐怖という形であれ何かの衝動(恐らくほとんどの場合が「責任感」だろう)に任せてそれなりにこなすもんだろうけど、
俺はほとんでできなかった。
要するに「俺は自分勝手な人間です」と高らかに宣言しているだけなんだが。
この責任感のなさというのは俺の悪癖のうちの一つだとは分かってるんだが、
これ、何歳まで続くのかしら。
まぁそういう意味で、
自分が好きだと思える職種に就いてよかったなあと本当に思った。
もちろんこれから俺が体験する仕事すべてが自分から進んでやりたいと思う仕事じゃないだろうけど、
修論よりはましなんじゃないか。まだわからんけど。
期待された仕事に自分から取り組むという姿勢で触れ合っていけたら、
そのうち責任感もついてくるかもしれない。
広告代理店とか建築関係にいっとったらと思うと冷や汗がでるぜまったくモウ。
まぁまだ就いてないんだが。
というか就けるかどうかわからんのだが。
そもそも卒業できるかわからんのだ。
大嫌いな修論をあと1週間でなんとか書き上げ、男を上げるとしよう。
2008/01/21
口は口ほどに物を言い
以前測ったところ普段の俺の地声の最低音はEだということが分かり、
これがベースの最低音と同じことは何をどうがんばっても運命的以外の何物でもない。
何を思ったか昔ラルクのHydeをwikiで調べていた時に、
同ページに成人男性一般の声域について触れられており、
その基準から言うと俺の声は何をどうがんばってもかなり低い部類だったはずだ。
その恩恵を全身で享受したおかげで、カラオケでは男の曲でも
キーを最低でも1音以上下げないと何をどうがんばっても全く唄えない。
それを山中は何をどうがんばっても邪道だと言っていた。
悪かったな。
これはてっきり「何をどうがんばっても俺は下げないでも唄えるんだ」
という自信の現れかと思っていたが、
奴のミスチルを聴く限り何をどうばんがってもそうでもなかった。
話は変わるが
Hydeみたいな顔に生まれてたかった
と言えば、完全な嘘になる。
話は変わるが、
我々が人間をやっている以上何をどうがんばっても寝起きは声が低くなることは避けられぬ。
この現象は一体何なんだと思い、
寝起き直後にベースをむんずと手に取り、ナニをどうがんばりながら
発声可能な最低音を調べたことがある。
結果はE♭だった。
俺、ベースを超えたよ。
しかし起床後30分経つとまたEまでしかでなくなるのだった。
ということを思い出して今調べ直したら、
何を勘違いしてたのか俺の最低音はCだった。
何の運命だったのだ。
というかこれより下のEなんぞが出る奴がいたら、
それこそ今大流行の超低音波とやらでマインドコントロールでもできるようになるかもしれん。
俺はヨガテレポートの方がいいけど。
ここで、話を変えてもいいと仮定しよう。
皆さんは夜布団に入って誰かのことを想像するときに、その人の何を思い浮かべますか?
顔とか服とかスタイルとか二の腕とか脚とか裸とかいろいろあると思いますが、
俺はその人の声です。
我々が他人に抱くキャライメージの大部分は声が担っているのではなかろうか。
逆に声を知らない人って、キャラのイメージが付きにくい。
雑誌インタビューを読んだことはあったけど、
テレビで喋ってるの見たら随分印象変わったという有名人はいままで沢山おるはずだ。
おらんなら人間やめてください。
ボーカルがロックバンドの顔と見られがちなのも、
絶対的フロントというポジションもさることながら、
歌声からその人の人間像みたいなものがなんとなく想像できるからかもしれぬ。
要するに、
自分が他人に与える印象は声質でコントロールできるのではないか
という事が言いたかったわけだが、
声なんて変えようがないので大人しく別の方法でも探しとけ。
30分勝負の面接とかなら効果あるかも。
2008/01/20
軋んだ車を派手に花で飾るのはどうだ
日課である「Youtubeブランキー動画巡り」にセイを出していると、
ひょんなことからthee Michelle Gun Elephantが最後のツアーで
磔磔に来たライブ動画に行き当たった。
「俺ここでライブしたことあるぞ」
と平川に自慢したい気分になった。
このライブの2週間後、2003年の10月11日にミッシェルは解散した。
場所は幕張メッセ。
土曜日だった。
2回生だった俺はD軍を休んでこのライブに行った。
正直俺は熱心なリスナーと呼べる者ではなかったわけで、
磔磔のライブも行かなかったし、このラストライブを前にしても
「あー解散するな」
くらいにしか思ってなかった。
解散ライブの当日になって、たしか夜中の12時半くらいだったと思うけど。
ブランキーのライブを生涯見ることができなかった。
という思い出すだけで血の涙を流す無念を、急に思い出して。
それから何をしたかと言えば、パソコンを開いてヤフオクに行ったのだな。
結局定価より500円高いだけでチケットが手に入って。
しかも複数枚買えるっぽかったんで、
ぱもじゃにミッシェル好きでしかもその日が誕生日だっていう
ミッシェル星雲から生まれてきたような橋本という女の子がいて、
「ミッシェルの今日のチケット、いる?」
ってメールした俺は人生で5番目くらいにかっこよかったと思う。
チケットだけではライブは見れぬ。
この体が幕張まで移動せねばならぬ。
ヨガテレポートという必殺技を持つわけでもない凡人の私は
どうしたら金を節約して行けるか、悩みに悩んだ。
そこで浪人中の知り合ったミッシェルおたくの満晃(@神戸)に1年ぶりに電話してみたら、
「今から車で東京行くとこや!!荷台やったら乗れんで!!」
という映画並みの展開。
水谷に「明日の合奏は怪我のため欠席します(注)」とメールを打って、
俺は京都を後にした。
それが夜中の3時くらいだったような。
注:
怪我してたというのは本当で、
その3日前くらいだったか、カッターで左手ひとさし指の肉をえぐってしまったもんで、
ウッベを弾けない状態ではあった。
ので、読者諸君、見損なわないで頂きたい。
車内には満晃とその友達が4人くらいいて、
連中のミッシェル談議にもついていけず、
ひとりずっと荷台で車酔いに耐えながら、結局新宿でおろしてもらうまで一睡もできなかった。
まあ連れてってもらうのだから寝る方が失礼と言えば失礼だ。
ヤフオクの取引相手とは渋谷で直接会い、現金でチケットを買うという手筈になっていた。
そいつがそこに来ないとか、
いきなり法外な値段をふかっけられるんじゃないかとか、
ナイフが出てくるんじゃないかとか、
拉致されるかもしれないとか、
ヨガテレポートを秘技伝授してくれるかもしれないとか、
いろいろ不安要素はあったが、なんか万事無事にチケットを貰ってしまった。
受付ではチケットと引き換えに、簡単なリストバンドを貰って、それを装備する。
ライブ会場に入場する際に、スタッフにそれを見せる。
見せる際、目立つように腕を上げるわけだ。
いまから会場に入ろうとする人間100人くらいの全員が腕を天に突き上げている様を
後ろから見た時は、体が震えた。
(中略)
ライブ終了後、偶然にも会場で水泳部の後輩であるチョンに会った。
俺の右手は血まみれになっていた。
怪我してたとは言えD軍の合奏休んで自分はライブ行ったという
後ろめたさも含めて、何と言うか、青春だったなあれは完全に。
(帰ってからしばらくはライブに行ったことは秘密にしていた)
あれから4年経ち、そろそろ時効なのではないだろうか。恐る恐る。
青春は、行動が生むものだと思う。
俺は「人生は青春してナンボだ!」などとは微塵も思っていないし、
そもそも「青春」という言葉が「少年の心」という言葉と同じくらい嫌いだ。
それは意識してしまった時点で自分から逃げていくものだからだ。
だから言葉として概念化してしまってるそれが嫌いだ。
そのかわり、行動することは大事だと思ってる。
行動した過去は、後々振り返ると「青春だっだなアリャ!」と思う。
それらの過去が俺の中ですごく大切なんだから、
これからも行動していたいのだ。
2008/01/18
ソウルハッカーズ
mixiログイン数が頭打ちになってきた打開策のつもりかしらんが、
いろいろな機能が追加されてきておる昨今です。
その中のうちの一つ「mixiレビュー」だけは、どう考えても異質「なはず」である。
プロフィール、日記、写真、動画(ここで版権物をアップする連中は考慮に入れない)、ミュージック、コミュニティ、これらは言わば「自己紹介」のための機能であると考えられる。
対してレビューとは対象物を紹介するものである。
もうちょい正確に言うと、対象物の仕様はもちろんのこと、
(それが芸術的作品なら)作品が展開する「世界」を主観客観問わず記述するものである。
たぶん。
ところがそういった意味でレビューしてると思うのは俺の知人の中では
瓜倉、西畠、村下くらいだ。
まぁそもそもこの機能を利用してる人間自体が少ないんだが。
特に瓜倉のレビューはびっくりするくらい簡潔で、
それでいて作品世界をちゃんと垣間見せてくれるので、たまに感動する。
本能的に頭いいんだろうなと思う。
さすがバンさんの弟子である。
そういった例外を除けば、たいていのレビューが
「あぁ君はこの作品が好きなんだね」
ということが分かる程度のものだ。言っちゃ悪いが。
つまり、レビューが結局は自己紹介になっている。
会社側の意図に反してかどうかは知らんが、
他の自己紹介用機能と親和する形になってしまったわけだ。
別にそういうのを見て気分が悪くなるわけではござらん。
mixiは結局「日本全国を股にかける自己紹介の巨大集合体」と思ってるからだ。
そう捉えればレビューが自己紹介化しようとバッチリ無問題ノープロブレムいかすぜOKである。
mixiの由来が人(i)がmixするという話は有名だが、
そんな会社側の意図はあまり浸透していないと思う。
少なくとも俺が知る範囲では。
そしてむしろ、それでいいのだと思う。
日本人が口を揃えて
「ボ、ボ、ボクは人とmixするんだ!!」
とか言いながら毎晩何時間と言う時間をこんなツールに割き始めると、
恐らく国家が傾く。
人の日記を見ても、コメントを残すのは超ごく一部でしょ。
大部分のユーザーが誰かの日記に対して
「こいつこういう部分もあるのか。へー」程度に見てるはずだ。
オンライン上の「自己紹介」を見て、それが例えば哲夫だったら
実際に会っただけでは足りなかった「俺の中の哲夫像」を補完していってるわけだ。
哲夫が素敵な絵描きだって知ったのも、このツールのお陰だと言えばそうだ。
それを現実世界のコミュニケーションに巧く活かすことができたら、
もうそれでいいのではないかと思う。
ネットなんぞにそれ以上の期待をするのは危険な気がする。
しかし、mixi気持ち悪いって言う人多いねえ。
ユーザー人口何百万人と普及した現在、
イヤこれが気持ちいいんだよ!!と説明する方が無茶な気は、確かにするな。
そいつらが「mixi興味ない」って言うならまだしもなんだが。
まぁええわ。
特別mixiをアゲるつもりではないが、結構俺は救われたところがある気はしてるけど。
たかがmixiに何を真剣に語っているのか。
あーアホらし。おしまい。
2008/01/15
そしてかっこよさ255へ…
プロのサッカー選手のシュートフォームってカッコいいですよね。
そして彼らが放った弾丸は強くて速い。
俺はこのことが不思議で不思議でしょうがなかった。
強いシュートが撃てるという「優れた機能」と、
フォームの「美しさ」という別々に働くはずの要素が
何故「良い」というベクトルの先で一点に結びつくのか。
野球選手のスイングや水泳選手の泳法といい、その結実は実に世の中に多い。
逆に、
フォームは吐き気をもよおすほど不格好だがあいつのシュートはマラドーナを超えるぜ
な~んてことがあってもよさそうなもんだが、そんな例はほぼ思いつかない。
これはもう世の中で奇跡が起こりまくっているんじゃないかと
仙頭氏@西所沢に聞いてみたとさ。
そうじゃなくて、
「強いシュートを撃てるフォーム」というものが先に存在して、
我々はそういった「優れた機能を持つもの」を「美しい」と感じる
ようにできているのだと。心理学的に。
たしかこういう内容の返事を頂いた。
さて、今日はフォームについての話です。
俺は音楽やる上でフォームはヒジョーに大事だと思っている。
特に体の使い方が大きくプレイアビリティを左右するウッドベースとドラムでは一層意識しないといけないはずだ。
結論から先を言えば、
理由なんてつべこべ考えず、とりあえずプロの格好の真似をしとけこのボケ!!
という話であります。
プロのフォームのどこがどういいのかを科学的に説明するほどの知識は俺にはない。
ただ、プロのベーシストはそれぞれ個人差があるとは言え、
似たようなフォームをとっている。
右手のピッチカートも、左手の押弦も、数種のスタイルに誰もが収束しているのだ。
そして、それらのほとんどが、見た目としてカッコいい。
美しいんだな。やっぱり。
我思うに、この事実自体が結構大事なのだな。
「ライオンの牙は何故とがっているの?」
という疑問に「それは獲物を捕まえるためだよ」と答えるのは
牙の機能説明として妥当としても、事の実際は違う。
「牙のとがったライオンが現在まで生き残った」のだ。
同じことをベースで考える。
「プロベーシストのフォーム」というものが存在する事実は、
所謂「プロっぽい」フォームを選択したベーシストが上手くなっていく
ということに他ならない。と、考えられる。
逆に言うと「おかしいフォーム」を選択している以上、
その人は恐らくどこか演奏面でつまづいている点があるはずだ。
そしてそんな不格好なフォームのプロベーシストなんて俺は見たことないのだ。
というわけで、
俺は素人ベーシストを見るとまずフォームをみて
「こいつはこれから先、成長しそうかどうか」を予想する。
プロっぽいフォームのベーシストはこれから先も上手くなる余地があると思って安心する。
まぁ、フォームが悪い奴はある意味それを修正することで成長の余地があるとも言えるが。
昔の多喜はグワングワン動くベーシストだったが、最近あの癖はやはり姿を消しつつある。
(この点に関したら実は俺も人のことを言えないんだが、
そのことは今の3回生以下は知らないはずだから黙っておくぜヘッヘッヘ。大人は汚いぜ。)
グワングワン動くプロベーシストなんて見たことないのだから
(まぁ素人でも見たことないが)、
この癖が直ったことは何か演奏面で課題をひとつクリアしたことの表れなんだろうと思う。
まぁ、さっきD軍v.s.京都バーニング楽団のDVDを見終わったもんで
鼻息荒くこういうことを言ってる次第である。
とりあえず福井のテンションの低さにワロタ。
俺はというと、フォームが酷すぎて大いにワロタ。
じゃなくて全く笑えんかった。
左手は肘が下がりまくっていて、指も開いてないし。
右手に至っては「何かヘン」だ。
それ以外にも人間自体にそもそも妙に落ち着きがないし。
Skin Deepドラムソロ中ずっと福井を見ている(というか見つめている)俺は、なんかきもいし。
自分の演奏を見るたびに全く同じことを思うが、ここ3年改善されねえ。
しかも自分の笑顔がいつまでたっても好きになれんというオマケ付き。
さあ、存分に凹んでやったぜ。
ビデオで確認したわけではないが、岩波レイの右手はとてもプロっぽかった覚えがある。
あのアタック感はそこから生まれてくるんじゃねえだろうか。
特筆すべきは鈴木智子。
肉眼で見る限りあまり意識していなかったが、
今ビデオを見て、あいつのまるでお手本とでも言えるような
フォームの綺麗さにはまじでビビった。特に左手は唯一神。
まぁそんなこんなで自分の演奏を視覚的に見るというのは
結構大事なことなんではないだろうかと思っておる次第です。
細かいドラムの事情に関しては福井に聞いてください。俺は知りません。
そういえば、
うちのバンドの録画だが、「次のソリストを絶対知っているやろお前!!」
とつっこみたくなるカメラワークには鳥肌が立った。
カメラワークで鳥肌がたったのは生まれて初めてだ。
あれ撮ったん、誰やねん。
2008/01/14
カレージャズ
たしか俺がD軍やってた時だと思うが、スイングジャーナル誌に
「Lee Morganが自身のレコード「The Sidewinder」にてジャズロックという音楽を結実させた」
みたいな記事があって。
当時ジャズ系にいながら自分をロックンローラーだと信じて疑わなかった俺は
「うおおおお!!これこそ俺が理想とする音楽に違いない!!」
と意気込んで三条はJeujiaに向かったのだが、
そのCDから流れてくる音楽は何をどう聴いても
「8ビートでジャズをやりましたよ」というものであった。
俺は怒った。
皆さんは「カレーうどん」と聞いてカレーを想像するか。
否、うどんを想像するはずである。
「カレーうどん」が示すものはカレーという単語に修飾されたあくまで「うどん」である。
なぜって、日本語はそういう風にできている。
従って、食堂で「おばちゃん、カレーうどんお願いね」と頼むと
「カレーがかかったうどん」が出てくるはずだ。
断じて「うどんがかかったカレー」ではない。
前置きが長くなった。
ロックをフォーマットとして、そこにどうジャズ的要素が絡んでいくのか!?ワクワク。
非常に興味を持って聴いてみた音楽は、俺の期待を裏切り
まぁ一言で言えば結局ジャズだったのである。
つまり俺が言いたいのは
The Sidewinderはジャズロックではなくて、ロックジャズじゃねえか!!
ということである。
書いてるうちにだんだんどうでもよくなってきた。
まぁこのお話は、音楽のジャンル分け云々というよりはむしろ単なる日本語の話である。
話は変わるが、
俺はちょっとジャズとロックを二項対立的に捉えているところがあって、
ジャズ系にいながらも
「やっぱロックやって。ロック。」
なんてことを言い続けて来たもんで、なんて俺は天の邪鬼な男なんだとずっと思ってきたが、
じゃあロックやってる人間には
「やっぱジャズやって。ズージャー。」
と言って来たかと言えばそうでもないので、
やっぱり単にロック志向が強い男だったのかもしれない。
ただそれも過去の話であって、最近は
Helloweenの「Before The War」と
Count Basieの「Flight Of The Foo Birds」
を交互に聴きながら、
「ああ、俺ジャズもめっちゃ好きやん」
と気づいた瞬間があって。
なんだか嬉しくなった。
ここ半年でまたジャズが随分好きになった。つまり新日本人を始めてからである。
山中がやたらいい曲ばかり紹介してくれるもんで、
「うおー!!4ビートええがや!!」
となるのである。
そういえば昔似たような経験をしたことがあって。
ピストンやりはじめてからソウルを聴くようになったし。
ちゃっかからファンクも教えてもらった。
どこに着地するのだこの話は。
話は変わるが、
たしか山野ツアーの「福井&今橋カー」にて、
ジャズの話しかしない1回生そっちのけで俺と福井は上級生という特権を活かして
JourneyとかslipknotとかBen Folds Fiveとかブランキーとかレッチリとかをかけまくっていたんだが。
そしたら夏合宿の宴会でボロボロに泣きじゃくるみっきーに
「先輩の音楽の幅の広さに感動したんです」
みたなこと言われた。
まぁ確かに福井と2人で「何でこいつらジャズ以外の話せえへんねん。こわ」とは言っていたが、
結局そこが祟ってか俺はいまだに4ビートやってもジャズっぽくならないし、
ただ、(代わりにかどうか知らんが)遊び心みたいなものは身についた気がする。
どっちがいいのかなんてはっきり言うてわからん。
音楽について何かを書こうとしたとき、それが「ジャンル」について触れ始めると
とたんに「しょうもない話」みたいな空気になるのはなんでだろう。
そういえば山中は高校時代にエレベでハードロックをやっていたらしい。
2008/01/10
Dが終わる #03
研究室にいると暇なので(←駄目)、いまさらだが定演のD軍ライン録音を初めて聴いた。
あ、そういえば曲毎に分割&タグ付けしたので欲しい人は言ってください。
木本に「いる?」って聞いたら返事なかったけど。
録音を聴いて、
定演の打ち上げでバンさんと山中の3人で
「あのPAはどうにかならんのか」という激論を交わしたのを思い出した。
そもそもあのおっさんが俺は嫌いなわけだが、その点は差し引くとしても言いたいことがある。
録音がとにかく酷い。
ラインの時点でクラッシュとかタムがクリップしてるとか、呆れて鼻の穴が3つになってしまう。
(クリップ:ゲインをあげすぎて「バリッ」ってなるやつ。確か)
PAってまずクリップしないようにゲインを調整するのが最初の仕事じゃないのか?普通。
俺みたいな素人がPAしてもまずそこに気をつかうぜ。
ライン録音(=入力)であの程度ってことは、
スピーカーの出音(=出力)はそれよりも低下してるってことで。
ああ恐ろしい。
俺はPAについては「ぱもじゃで1年間機材係をやりましたよ」ていう程度のレベルの知識だから、曲中にEQをこれでもかというほどいじり倒していたというバンさんの証言とかを聞いてそれが京文という環境下、良いことか悪いことかなんて判断はできないが、少なくとも
「ハイこれライン録音です」
って渡されたMDが聴く気を殺ぐような程度のシロモノでもうガッカリだったという時点で
奴らが「プロ」という単語を使うたびに1回ずつ頭突きしてやろうかと思うほど腹が立つのだ。
こんなウデで学生から十万そこらの金をとるんじゃねえ。
ムカムカー
去年のNFで新日本人のライン録音してもらっていて、たぶんやってくれたのは山田さんだと思う。
これがねぇ、
びっくりして乳首が7つになるくらい素晴らしい出来で、
いやいやいやいや決して言い過ぎでなく、プロミュージシャンのライブCDみたいだった。
嘘だと思うなら、聴かせてやるから。
もう次からこの人らに頼んだ方がいいかもしれんぞ。まじで。
非卒業生の方は考慮に入れてみたらどうでしょう。
なんにせよ、
プロ意識が感じられない連中と言うのは、業種を問わず、見てて気分が悪くなる。
西院の家を探す時に行った不動産屋も以下略。
気分のいい話に変えよう。
ライン録音というのは我々素人ミュージシャンにとっては結構危険なものでして、
西部講堂とか京文みたいなホールでは神様仏様ナチュラルエコー様のおかげでごまかせていた部分がごっそりそぎ落とされて、 (あくまでテクニック面での)上手い下手がもうバッチリ赤裸々に分かってしまう。
な~んてことはライン録音を一度でもお聞きになったことがある人は知ってると思う。
というわけで、
ああいう場所ではブワブワ鳴ってることしか分からない超問題楽器であるウッドベースも
ライン録音だとその音像がくっきりはっきりさっぱりばっちりどっさりがっつり聴こえて、
特にD軍は曲毎にベーシストの性格がモロに表れているので聴いてて楽しいですな。
同じベースなのに音まで全然違うから、不思議だ。
-以下「いまさしの耳」というフィルターを通したD軍ベースの感想-
女ベーシストはまず丁寧さから入るというのが持論でして、
鈴木智子は特にHot Toddyの丁寧さがズバ抜けてすげえです。
ただもうちょいバンドのノリを引っ張っていく感じがあればいいかも。
木本は自分の世界に入って突っ走ってしまう感じがもはや俺と全く一緒で笑えた。
私感:鈴木智子と木本を足して2で割ったらかなりいいベーシストになりそうだ。
鈴木智子といえば、年末の忘年会の時に
鈴「先輩が卒業するなんて寂しいです~~~~~~~~」 ←何故か表情は笑顔
今「お前どうせみんなに言ってるんやろ」 ←今考えるとひどいな
鈴「言ってます~~~~~でも寂しいです~~~~~~~~~」
こういう正直な生意気さが逆にかわいらしく見える子も中にはおるんだなあと感心した。
話が逸れに逸れた。
定演のNight Trainは鬼気迫るものがあった。
まあ丸さんがその80%を担当してたようなもんだが。
そもそも曲がかっこよすぎるものな。
丸さんとNight Trainしたかったぜ!!
Foobirdは俺がD軍入って最初に貰った曲で多分一番思い入れのあるフルバン曲で、
2003年の定演では「いっちょみんなを驚かしたるか」と意気込んで
入ってすぐのお決まりフレーズ(GD↑C↑B♭AC↑D↑D↓)を全然違うフレーズを弾いたのが
かなりの不評だったのもいい思い出だわ。
高速Foobirdしたかったぜ!!
ついでにBoogieもしたかったぜ!!
またアンコール前のザンギのMC聞いてじ~んときてしまった。
MCしたかったぜ!!
おっと冗談。
毎年思うが、
D軍に3か月しかいれなかったのが実に損した気分だ。
福井と千葉がよくD軍やりてぇ的なことを言ってるが、お前ら2年もやったんやから俺にやらせろ。
2月からフルバンやろうかな。確実にやる曲は
Rockin' in Rhythm
Chinoisire
Matumba
Dancing Men
Moanin' Mambo
Boogie Stop Shuffle
Mexicali Nose
Pick Up The Pieces
Flight of the Foobird(高速)
Hay Burner
The Heat's On
Trumpet Blues
Cruisin For A Bluesin
Reza
Like Thunder
ルパン三世のテーマ
いまさしアレンジによるゲーム音楽メドレー
です。
入団希望者はいまさしまで。
ただ、あのドラマ感は、D軍とかダークじゃないと出ないよなあ。
2008/01/05
新春に君に語りかける
正月はおかん&ハマーと店巡りをしました。
とりあえずRight-Onでパンツを買いました。これは毎年恒例のイベントです。
これがないと俺の正月が始まりません。
そしてコジマでこたつの足(を継ぎ足すやつ)を買いました。
我が家にこたつが導入されて5年ほどですが、
ようやく快適なこたつライフを迎えることができます。
そんな中、パソコン屋で見つけた至高の一品。
「フライングアラームクロック」
アラームが鳴ると同時に空へ放出される羽根を取って戻ってくるまで音が鳴り続ける
というとにかくセンス溢れる最高のマシン。
見かけた時は笑いがとまりませんでした。
社会人になって毎朝羽根を探す自分の姿を想像すると泣けるほど情けない。
なんでパソコンショップで売ってるのかが謎すぎた。
ヘリコプターのラジコンが抽選で1000円で買えるというキャンペーンもやってて
かなり欲しかったが抽選に行くのを忘れておりました。
上記の2品を買わなかったことが若干の後悔として残る高知も1時間後に出発します。
今日は高槻でぱもじゃの先輩ベーシスト林さんのケコーン式です。
帰省の荷造りの最中に何を思ったかエミュレーター用のコントローラーを鞄に入れてしまったのが
今回の最大の過ちでした。
年末年始の貴重な時間を聖剣伝説3のレベルアップにつぎ込んだ自分に正直ヒきます。
しかも4倍速プレイ…
ジョジョ第6部のC-Moonの世界さながらのスピードに順応してしまった俺は
この特技をもっと社会のために役立てる方法を考えねばなりません。
ということでコントローラーを京都に持って帰らないという英断を下しました。
つまるところこれは「しげるに勝つためのマリオカート個人練計画」を諦めたということに他ならない。
身が八つ裂きにされる想いですが、全ては修論のためです。
しげるで思い出したけど、帰省直前の先月29日におかんが
「北野天満宮に学業のお守りを買ってこい」とか言うもんだから
(おかんはわけあって看護師の国家試験を今年受けます)
北野天満宮に行ったら偶然にもしげるに会いました。
妹と家族にそれぞれお守りを買って帰るんだと。
う~ん、なんて家族想いなヤツ。
20年後にあいつが良きパパになってなかったら俺が人間やめてやる。
「と、いうわけで」
修論のせいですっかり「いまさしクエストM3」の魔界と化した京都に戻るわけですが、
1月は2回のバイトと9日のリズム飲み以外、全ての時間を
このブログに注ぎ込みます!!
間違えた。
修論に注ぎ込みます!!
なので、もし楽しそうなイベントがあっても俺の耳に入らないように慎重に情報を回してください。
mixiの日記なんぞには間違っても書かないでください。
書いた奴には報復措置として枕元にベースソロしに行きます。
でもやっぱり書いて下さい。
2008/01/04
Life
テクノロジーの発展・発達という現象に懐疑的であることには定評のあるいまさしさん。
便利になったのは間違いないが、
じゃあそれが幸せにつながるかという点でどうも腑に落ちない。
人生というスパンで見たときに大した価値観にならないような快楽が
安価にかつ手軽に手に入るようになり、
自分の人生を真剣に考えないままええ歳になった奴がニートなんぞになる。
そんなニートが大量発生する社会構図である。
1年前のいまさしさんはこんな問題を解決する画期的な方法を思いついた。
ノアの大洪水を起こして地球上からテクノロジーを一掃する。
「1万年前の地球が、今の地球より絶対に不幸だと言い切れますか?」
という考えに基づいている。
就活期に企業の行動さらには人類の行動に関して大いに疑問を持ち始めたいまさしは
もうこれしかない!!というくらい本気で考えておったそうな。
そんで西畠を捕まえては
「だから人類にはノアの大洪水が必要なんだってば」
みたいなことを延々と喋っていたそうな。
ただ最近ひとつ気付いたことがあって、それは
「じゃあ逆説的に1万年前の方が絶対に幸せであるとも言えないじゃねえか」
という単純なことになんだけれども。
この価値観にたどり着くまでに1年かかったことが自分でオドロキ!!である。
去年の2月に仙頭氏に指摘されて初めて気付かされたことなんだけれども、
俺はかなり思い込みが激しい人間みたいだ。
両親を見てると思い知らされるが、どうもDNA的にそうみたい。
一つの事象に対して一番最初に思い浮かんだ「ひょっとしてこれって、こういうことかも」
というアイデアに、最後まで縛られていることが実に多い。
「あれ、こういう考え方もできるやんけ」
という頭が途中でなかなか働かない。
思考の柔軟さみたいなのが完全に欠けているのである。
修論の失敗は恐らく9割方それで説明できる。
特に修論はマックス2年という限られた時間内で完成させる必要があり、
思考を効率的に進める上でも柔軟さは不可欠であったのだ。
それが欠けているもんだから全く的からかけ離れたアイデアで突っ走ってしまい、ゼミの度に
「お前なあ…」
と怒られるわけである。
俺の修論は内容的に全く確立されてない分野で、外部との研究会などが一切無いものだから、
2年間「完全に」独りで進めてきた。
頭の固い人間に対して、方向修正しくれる機会が少なかったのは
まさに泣きっ面にbeeとしか言いようがない。
物心ついた頃から「自分一人の頭で考える」という癖があって、
俺の頭が固いのはどうもそれの弊害じゃないかなと考えている。
特に、ちょうど2007年は「根拠ある自信」を求めて、
ひたすら興味を敢えて「自分だけ」に向けた一年だった。
それ以前は俺は興味を他人にばかり向けているような人間で、
このままだと自分か他人のどちらかを犠牲にするような人付き合いしかできないと感じたのがその理由である(事は2007年11月「期待の矛先」という記事に詳しい)。
最近になってある程度の自信もついてきたし、
この考え方の限界みたいなんもそろそろ見えてきたので
今年は「自分と他人の興味(≒期待と考えることができよう)の矛先バランス感覚」
これを鍛える1年にしようかと思う。
ちょうど社会人になることだし、タイミング的にはぴったりかもしれない。
他人と接する内にいろんな生きたアイデアを目の当たりにすることで、
思考の柔軟さが得られたらいいですなあ。
まぁ、
もし仮に大洪水でテクノロジーが一掃されたとして、
その後の世界が北斗の拳みたいになったら生き残れる自信はないし、
そもそもそんな大洪水は起こせないのである。
2008/01/03
涙が出るはずがない
せっかくなので土佐弁で書くことにするちや。
例年、毎夜の如く飲み歩くのが常となっちょったけど、
実家に帰って5日が経つけど、まだ親族以外誰とも会っちゃあせん。
そもそも今年はあまり誰かと会う気がせんかった。
理由は修論である。
誰かと会う暇があったら修論を進めんと本当にM3になってしまう。
強迫観念が外に出る気持ちを後ろめたくしちゅう。
のくせに毎晩々々聖剣伝説3をやっている俺はさっさとM3になった方がいいかもしれん。
おかげでラスボス手前まで行ったちや。
現在レベル63。ステータスは全員マックスでおじゃる。
今日は母方の祖父母に挨拶をしに行った。
父方も母方も実家から車で10分以内の距離にあるので便利すぎて非日常感は皆無である。
そこのおばあちゃんは、
俺が築いてきた25年間という短い時間の中ではあるが、
今まで出会った人間の中も最強のド天然を誇る人物である。
おばあちゃんの迎えの車で家にお邪魔したが、
家に着くや否や「えええ!!」と悲鳴にも似た奇声をあげテレビにかじりつく75歳。
どうやらおばあちゃんが家を出るときには5位だった早稲田が
家に着いた時にはトップを走っていたことにびっくりしたらしい。
駅伝の話。
5分間くらいびっくりし続けていた。
俺とハマー(注:天才の弟)はそのことにびっくりした。
そのおばあちゃんはどうも最近折り紙にハマりまくっているらしくて、
最近「連鶴」というテクニックをマスターしたとのこと。
一枚の紙から2匹の連なった鶴が折れるというシロモノで、
「嬉しくなっておばあちゃん、いっぱい作ったぞね」
という言葉通り、玄関、トイレ、電話台、家のありとあらゆるところに作品が配置されておりました。
確認しただけで40個くらいあったような。
早速そのテクニックを秘技伝授してもらう。↓
作:いまさし
バイト先の女将さんにしても、このおばあちゃんにしても、
見てて「かわいいなあ」と思うのは、感情を表に出すことにためらいが無い人だからだ。
俺はそういう人が好きだから、
俺自身も30年経ってもそういう人でありたい。
「かわいいおっさん」になるのである。