あと60日くらいで大学院という卒業する身分になって思うのは、
ここは会社と学生の中間とも言える場所だったなあということだ。
その研究室に所属する限り絶対的な上司とも言える教授との
メールのやりとりや言葉遣いなどの人としての付き合い方や、
修論という形で与えられる「仕事」をこなす上での自分の身の置き方。
これらは多分会社入ったら俺らが味わう環境そのものなんだろうと思う。
ところがそんな場所に俺らはわざわざ金を払って(実際に払うのは親だが)
居させてもらうわけで、その代り特に時間において会社的な拘束、というか義務がほとんどない。
これは学生の特権であると言える。
ということで、
この2年間は学生という形でバンドなんて道楽に身体の65%をどっぷり漬けつつ、
残りの35%で社会人としての立ち振る舞いを体験させてもらった。
学部生の頃にくらべると、
随分と明確な形で社会人というものが想像できるようになり、
もうすぐに迫ってきた社会人生活というものに対して不安なくスタートが切れる。
気がする。
これは就活を経験したことも結構でかいとは思うけど。
そしてこの2年間で、俺は自分が
「好きでないことは絶対できない」
類の人間であることを自覚した。
「できない」というのは、能力的に不可能という意味ではなくて(修論なんて誰でも書ける)、
自分がそれに向かっていこうという気になれないということである。
敢えて難しく言っているが、要するに全く「やる気」になれないというだけだ。
教授という素晴らしい上司に頂いた
「いついつまでにこれこれをやってこい」
という素敵なお仕事を、ある程度常識的な人なら全く興味の湧かないものであっても
それが教授に対する恐怖という形であれ何かの衝動(恐らくほとんどの場合が「責任感」だろう)に任せてそれなりにこなすもんだろうけど、
俺はほとんでできなかった。
要するに「俺は自分勝手な人間です」と高らかに宣言しているだけなんだが。
この責任感のなさというのは俺の悪癖のうちの一つだとは分かってるんだが、
これ、何歳まで続くのかしら。
まぁそういう意味で、
自分が好きだと思える職種に就いてよかったなあと本当に思った。
もちろんこれから俺が体験する仕事すべてが自分から進んでやりたいと思う仕事じゃないだろうけど、
修論よりはましなんじゃないか。まだわからんけど。
期待された仕事に自分から取り組むという姿勢で触れ合っていけたら、
そのうち責任感もついてくるかもしれない。
広告代理店とか建築関係にいっとったらと思うと冷や汗がでるぜまったくモウ。
まぁまだ就いてないんだが。
というか就けるかどうかわからんのだが。
そもそも卒業できるかわからんのだ。
大嫌いな修論をあと1週間でなんとか書き上げ、男を上げるとしよう。
2008/01/23
得意不得意を超えた僕の答え
時刻:
22:06
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