mixiログイン数が頭打ちになってきた打開策のつもりかしらんが、
いろいろな機能が追加されてきておる昨今です。
その中のうちの一つ「mixiレビュー」だけは、どう考えても異質「なはず」である。
プロフィール、日記、写真、動画(ここで版権物をアップする連中は考慮に入れない)、ミュージック、コミュニティ、これらは言わば「自己紹介」のための機能であると考えられる。
対してレビューとは対象物を紹介するものである。
もうちょい正確に言うと、対象物の仕様はもちろんのこと、
(それが芸術的作品なら)作品が展開する「世界」を主観客観問わず記述するものである。
たぶん。
ところがそういった意味でレビューしてると思うのは俺の知人の中では
瓜倉、西畠、村下くらいだ。
まぁそもそもこの機能を利用してる人間自体が少ないんだが。
特に瓜倉のレビューはびっくりするくらい簡潔で、
それでいて作品世界をちゃんと垣間見せてくれるので、たまに感動する。
本能的に頭いいんだろうなと思う。
さすがバンさんの弟子である。
そういった例外を除けば、たいていのレビューが
「あぁ君はこの作品が好きなんだね」
ということが分かる程度のものだ。言っちゃ悪いが。
つまり、レビューが結局は自己紹介になっている。
会社側の意図に反してかどうかは知らんが、
他の自己紹介用機能と親和する形になってしまったわけだ。
別にそういうのを見て気分が悪くなるわけではござらん。
mixiは結局「日本全国を股にかける自己紹介の巨大集合体」と思ってるからだ。
そう捉えればレビューが自己紹介化しようとバッチリ無問題ノープロブレムいかすぜOKである。
mixiの由来が人(i)がmixするという話は有名だが、
そんな会社側の意図はあまり浸透していないと思う。
少なくとも俺が知る範囲では。
そしてむしろ、それでいいのだと思う。
日本人が口を揃えて
「ボ、ボ、ボクは人とmixするんだ!!」
とか言いながら毎晩何時間と言う時間をこんなツールに割き始めると、
恐らく国家が傾く。
人の日記を見ても、コメントを残すのは超ごく一部でしょ。
大部分のユーザーが誰かの日記に対して
「こいつこういう部分もあるのか。へー」程度に見てるはずだ。
オンライン上の「自己紹介」を見て、それが例えば哲夫だったら
実際に会っただけでは足りなかった「俺の中の哲夫像」を補完していってるわけだ。
哲夫が素敵な絵描きだって知ったのも、このツールのお陰だと言えばそうだ。
それを現実世界のコミュニケーションに巧く活かすことができたら、
もうそれでいいのではないかと思う。
ネットなんぞにそれ以上の期待をするのは危険な気がする。
しかし、mixi気持ち悪いって言う人多いねえ。
ユーザー人口何百万人と普及した現在、
イヤこれが気持ちいいんだよ!!と説明する方が無茶な気は、確かにするな。
そいつらが「mixi興味ない」って言うならまだしもなんだが。
まぁええわ。
特別mixiをアゲるつもりではないが、結構俺は救われたところがある気はしてるけど。
たかがmixiに何を真剣に語っているのか。
あーアホらし。おしまい。
2008/01/18
ソウルハッカーズ
時刻:
15:27
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