2008/01/20

軋んだ車を派手に花で飾るのはどうだ

日課である「Youtubeブランキー動画巡り」にセイを出していると、
ひょんなことからthee Michelle Gun Elephantが最後のツアーで
磔磔に来たライブ動画に行き当たった。

「俺ここでライブしたことあるぞ」
と平川に自慢したい気分になった。

このライブの2週間後、2003年の10月11日にミッシェルは解散した。
場所は幕張メッセ。
土曜日だった。


2回生だった俺はD軍を休んでこのライブに行った。


正直俺は熱心なリスナーと呼べる者ではなかったわけで、
磔磔のライブも行かなかったし、このラストライブを前にしても
「あー解散するな」
くらいにしか思ってなかった。

解散ライブの当日になって、たしか夜中の12時半くらいだったと思うけど。

ブランキーのライブを生涯見ることができなかった。
という思い出すだけで血の涙を流す無念を、急に思い出して。

それから何をしたかと言えば、パソコンを開いてヤフオクに行ったのだな。

結局定価より500円高いだけでチケットが手に入って。
しかも複数枚買えるっぽかったんで、
ぱもじゃにミッシェル好きでしかもその日が誕生日だっていう
ミッシェル星雲から生まれてきたような橋本という女の子がいて、

「ミッシェルの今日のチケット、いる?」

ってメールした俺は人生で5番目くらいにかっこよかったと思う。


チケットだけではライブは見れぬ。
この体が幕張まで移動せねばならぬ。


ヨガテレポートという必殺技を持つわけでもない凡人の私は
どうしたら金を節約して行けるか、悩みに悩んだ。

そこで浪人中の知り合ったミッシェルおたくの満晃(@神戸)に1年ぶりに電話してみたら、
「今から車で東京行くとこや!!荷台やったら乗れんで!!」
という映画並みの展開。

水谷に「明日の合奏は怪我のため欠席します(注)」とメールを打って、
俺は京都を後にした。
それが夜中の3時くらいだったような。

注:
怪我してたというのは本当で、
その3日前くらいだったか、カッターで左手ひとさし指の肉をえぐってしまったもんで、
ウッベを弾けない状態ではあった。
ので、読者諸君、見損なわないで頂きたい。

車内には満晃とその友達が4人くらいいて、
連中のミッシェル談議にもついていけず、
ひとりずっと荷台で車酔いに耐えながら、結局新宿でおろしてもらうまで一睡もできなかった。

まあ連れてってもらうのだから寝る方が失礼と言えば失礼だ。



ヤフオクの取引相手とは渋谷で直接会い、現金でチケットを買うという手筈になっていた。

そいつがそこに来ないとか、
いきなり法外な値段をふかっけられるんじゃないかとか、
ナイフが出てくるんじゃないかとか、
拉致されるかもしれないとか、
ヨガテレポートを秘技伝授してくれるかもしれないとか、
いろいろ不安要素はあったが、なんか万事無事にチケットを貰ってしまった。




受付ではチケットと引き換えに、簡単なリストバンドを貰って、それを装備する。
ライブ会場に入場する際に、スタッフにそれを見せる。

見せる際、目立つように腕を上げるわけだ。

いまから会場に入ろうとする人間100人くらいの全員が腕を天に突き上げている様を
後ろから見た時は、体が震えた。




(中略)



















ライブ終了後、偶然にも会場で水泳部の後輩であるチョンに会った。

俺の右手は血まみれになっていた。











怪我してたとは言えD軍の合奏休んで自分はライブ行ったという
後ろめたさも含めて、何と言うか、青春だったなあれは完全に。
(帰ってからしばらくはライブに行ったことは秘密にしていた)

あれから4年経ち、そろそろ時効なのではないだろうか。恐る恐る。




青春は、行動が生むものだと思う。

俺は「人生は青春してナンボだ!」などとは微塵も思っていないし、
そもそも「青春」という言葉が「少年の心」という言葉と同じくらい嫌いだ。

それは意識してしまった時点で自分から逃げていくものだからだ。
だから言葉として概念化してしまってるそれが嫌いだ。

そのかわり、行動することは大事だと思ってる。

行動した過去は、後々振り返ると「青春だっだなアリャ!」と思う。

それらの過去が俺の中ですごく大切なんだから、
これからも行動していたいのだ。

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