背景を変えたぜコノヤロウ。
が、新背景にもう飽きかけていることには目をつぶっておこう。マル。丸さん。
ジャズ系内に浮いた話が出まくっている(眼球5割出るくらいのハイペースぶりはなんだコラ!!)
ついでにオラも人付き合いについて一考。
俺は人を「人間」として見るようになりたい、と常々思っている。
どういうことか。
「彼女」「彼氏」「友達」「親友」「幼馴染」「元カレ」「浮気相手」「上司」「同期」「小学校の友達」「中学校の友達」「高校の友達」「大学の友達」「サークルの後輩」「サークルの先輩」「女友達」「ヒーロー」「憧れ」「敵」「うんこ」
俺らは人に対してラベル貼った上でそいつと相対する。
誰しも「俺高校の友達とおる時とジャズ系にいる時でキャラが違う」などということに気付く瞬間がある。
まあそういうことである。
そういうラベルを全て「人間」の一本に還元したいと、俺は願っているのだ。
要するに、「誰と接していても、いつも同じ俺でいたい」と思っている。
※感情レベルじゃなくて、キャラレベルの話をしているということに注意されたい。
俺はその願望を恋人関係にまで持ち込むから話がややこしくなる。
どうも恋人という人たちは
「あの人は私にだけ優しいのウフフ」
というステイタスがある意味絆を感じさせる一つのバロメーターとして存在している。
俺は逆の道を辿っていることになる。
西畠と付き合っていた時の話。
もちろん奴も恋人と呼ばれる人たちの例に漏れることなく
相対する人間が、俺か俺以外かで態度が違っていた(もちろん俺に対する態度の方が「良い」ものであった)。
普通ならそこで男性諸君なら「付き合っている」実感を味わい舌なめずりの一つでもするところだろうが、俺にはその態度の差が奇妙でしょうがなく、たまには腹立つことさえあった。
いや、誰も共感してくれないことは分かってるんだけども。
話を元に戻して。
俺の願いは、確固たる自分を持つこととほとんど同義である。
仙ちゃんはかなり該当している。
ジャズ系では山中や丸さんあたりが結構該当している。
彼らに共通しているのは恐れが無いことだ。
俺には恐ればっかりだ。
最近大好きな漫画、井上雄彦の「REAL」。
劇中の野宮というヤンキーが、俺はたまらなく好きなんだけど。
こいつが今俺が言ってることとピッタリ当てはまるんだわね。
こいつ見てると純粋で純粋で、ちょっと泣きたくなる。
是非あそこまでの境地に行きたい。
2007/11/27
関白宣言(修正版)
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0:52
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