2007/11/04

疑うことで自分を確立したと考えてみる

自分が誰にも負けないと思うところ。
就活中に見いだせなかった答えに今さら到達した。
「疑う」ことである。

人からよく天の邪鬼と言われるいまさしさん(25)だが、甚だ不本意極まりない。

周りの人間が一斉に向いている方向があるとする。
高校の同期、平川がよく「メインストリーム」と呼んでいるアレである。
その方向を向く前に、俺はひとつふたつ「疑い」をかける。
そしてそれに流される妥当な理由を見つけられなかったら、
俺は遠慮なく逆行するよと、単にこういうことである。

人と食い違うことが多いのは、俺が人より多くのことを疑うからだ。

おっと、独善的な男だと思わないで頂きたい。
その疑いの結果、結局俺が間違っていたことなんてザラにあることは重々承知しているからだ。

結局何が言いたいかというと、
天の邪鬼という言葉通りに好き好んで人と違うことをしているわけじゃないのだ。
だってそんな奴、寂しいやんけ。


まあ自己中心的な男では、ある。



「何でもかんでも疑うってしまうこんな人間になんかなりたくないわボケ!」
とお思い方もいらっしゃることだろうが、俺は俺で俺のこういうところをわりと誇りに思っている。
仙ちゃんならこの感覚、わかってくれるだろう。

ここでちょと話が細かくなるのだが、
疑うと言ってもシステマティックに疑うタイプと、野生的に疑うタイプがいる。
大人的と子供的と言った方が適切か。
これ文章で違いを表現するのがかなり難しい。
大人的なのは、自分に降りかかる問題として対応を迫られた時に疑うタイプ。
子供的なのは、他人の言葉や立ち振る舞いに「どうしてそれ?」と純粋に聞いてくるタイプ。

俺は大人的タイプである。
子供的に疑う人として思い浮かぶのは、青木とけいじさん。
あの2人と話していると、自分がいかに脆い地盤の上に立って喋っているかが痛感させられる。

でも、だから大好きだ。




誰の影響か知らないが、まあずっとこんな人間であったので、
盲目的に信じられているものの代表格である「名言」と呼ばれるものにはいち早く疑問を持つ傾向がある。

例1:「ジャズに名曲なし、名演あり」
名曲を演奏することではなく、素晴らしい演奏をすることがジャズである。
恐らく発言者の意図はこういうことであると思う。
それは俺もそう思います。大賛成。

た だ 、 ジ ャ ズ に も 名 曲 は あ り ま す 。

つまり、「全然うまいこと言えてない」のである。

名言というよりは、ただのインパクト性だけで有名になっているだけなんじゃないすかねコレ。
素人をターゲットにしたジャズの説明でこの文よく見るけど、
そんなに引用するようなシロモノであるとは思えません。


例2
めんどくさくなったのでもうオシマイ。

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