2007/11/09

唄える音楽をするために

以前、みんな大好きmixiで
Blankey Jet CityとDuke Ellingtonをはじめとする各種ジャズ音楽とslipknotとユニコーンとゲーム音楽とトライセラとIan O'BrienとファンクとBrian Setzer Orchestraとスピッツ
が俺の頭の中で並列しているのはなんでや(:: ̄ェ ̄)
みたいなことをつらつらと書いたりしたりしたりしたりした。

実はもっとスマートな答があった。


わかりやすい曲が好きだ。

要するに、「唄える曲」だ。


実にスマート。実にシンプル。
絶対こっちの方が本音であ~る。


だからなんとかマルサリスとか後期コルトレーンとかは全然聞く気にならないし、
キャノンボールのDel Sasserはアホほど繰り返し聞く。
エリントンの書き譜ソロも大好き。特にRockin' In Rhythmのボーンとクラのソロは一向に飽きナイス。

ただ、
コードの知識のなさを敢えて誇示しているかのようなアウト感満載のソロ、
エレベを持てばのデタラメを弾きまくる
そんな俺を見た人が俺のことをそんな人間だと思うだろうか。

いや、思わない(反語)。

自分の表現目標が達成できない理由はただ一つ、練習不足だでよ。
家でエレベ弾いてもそういう練習はできるはず。
これからは練習の指向性を変えよう。


唄える音楽をするために。


ただ、修論とNF用の練習とドラクエに追われる俺にそんな時間的余地があるのか?

いや、ない(反語)。

つっこむところ→ドラクエ




話は変わるが今日はガラにもなく(あんま好きじゃないから)チックコリアのアコースティックバンドの動画を2つみた。
91年のOn Green Dolphin Streetと03年のHumpy Dumpty。

彼らの演奏にももちろん驚いたが、それよりも
チックコリア←→パティトゥッチ間の体脂肪の移動に10年という時間の重みを思い知らされた。
ガリガリのゾンビ版オタクだったチックコリアはマイホーム大好きトロピカル親父に姿を変え、
プクプクだったパティトゥッチはイタリア男優に変身を遂げていた。


デイブウェックルは髪を切っていた。


彼らの音楽は各自のソロがわかりにくくてあんまり好きじゃないが、
ただ「曲の流れ」自体はわかりやすくて、俺がたま~に見てしまう理由はそこでアロー。

演奏聴いてると、チックコリアが要所要所「どりゃー」と力技で無理やり作っているのんだな。
「曲の流れ」を。

そこが見ていて気持ち良かったりする。
そんで、そういう力技が必要なんだな。
今の新日本人には。

みんなそれについていく力はあるんだから。



ジャズなんて、もっとリラックスして、自由にやればいいと思います。

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