「自分が演奏したライブと見に行ったライブは絶対レポートを書く」と決めている。
いちバンドマンとしてその音楽的体験はライブに最も顕著に現れると思うからである。
ひどく忘れっぽい俺はライブでの学習を適宜メモを取ることで無駄な遠回りを避けようとする試み。
またライブの度にこういった場で無理やりにでも思うことを捻り出すことで、感受性を高めようとも考える。
D軍にはその組織体質が原因でストレスを感じる人間もいることは毎年のことだ。
「俺はちゃんと練習してる。やる気もある」
と自分で思っている人間は、そうでない(という風に見える)人間の存在を不満に思う。
俺はD軍時代にけいじさんに聞いたことがある。
「周りの人間にもっとやる気出せと口でやかましく言うのはタブーですかね?」
タブーだろうと返事をしたけいじさん、やっぱりそうかと思った俺の思惑たぶん一緒だった。
京都大学軽音楽部ジャズ系という団体に新しく入団する人間が、
実質的に他の選択の余地無く所属することを半義務的に強制される団体がD軍だからだ。
そこに集まる人間は様々な意図があって然るべきである。
本気で音楽したい人間、楽器と戯れることが好きな人間、友達を作りに来ている人間、暇つぶしに来ている人間。
そんな連中のごった煮であるD軍にそれらのうちのただ一つの価値観を押し付けることが
果たして認められていいのかというある意味謙虚さが僕らの答えだった。
木本はそのタブーを孤軍奮闘して(という風に見える)破壊してきた。
俺は95%部外者であるが、D軍を先輩から後輩へ引き継いだという意味で、退団して3年半たった今でも5%くらいは関係があるとして、木本のやり方には正直、腹がたった。
ただ、10日の明治と京大の対バンを見て、
かすかに「あー、一概にそうでもないかな」と思ったのである。
各メンバーの技術向上はちらほら見てとれるとは言え
ライブの出来や問題点自体は音回廊からほぼ変わっていない。
でも、例年以上のメンバーのギラつき具合を見て、
あ、これはひょっとすると木本効果かもな
と、こう思ったのだ。
音回廊の時も書いたけど、全体のレベルはやっぱり高いのである。
そんでそれが嬉しかったりする。
泰静とかとの間で一時期、
「後輩にガッツが感じられん」
という話が興った。
そこで俺らが出した結論は
「態度だけを示す以外に、やっぱり口でも言っていかなあかん」
というものだったはずだ。
ちょうど2年前に、
明治BSとの打ち上げでその話をしたのは、ただの偶然だろうか。
木本は俺らが結局やらなかったことをやろうとしているのだ
ともとれる。
しかし、それがいいか悪いかはわからない。
自分が作ったバンドならともかく、奴は「D軍」のコンマスだからだ。
そこに対する苛立ちは、やっぱり感じるのだ。
ちょうど1年後くらいに、
木本が壊してきた伝統が、木本が作ったスタイルが、
後輩にどのように伝えられていったか、どのような形となって現れるか、
それを見ないとなんとも言えないことなんだな。
俺はその時にはもう東京都区民なので、
結局奴の評価はできないことになってしまうのだけれど。
その02につづく。
2007/11/13
明治大学京都大学その01
時刻:
20:20
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿