2007/11/03

世界はちょっと悲しかったりする

喜怒哀楽のうち、喜と楽さえあればいい
というのが近年の俺の考えだった。

ところがごくごく最近、
「感動」という心の動きの裏側には「悲しさ」という要素がチラリズム的に隠れていることに気付いてからというもの、哀という感情に注目するのがマイブームだ。


例えば今まで心動かされたゲームのエンディング
天地創造、Front Mission、クロノトリガーのエンディングの感動部分を支配しているのは
「悲しさ」だと気付く。

Blankey Jet City「悪い人たち」で詠っているのは「素晴らしい世界」だが、
その曲の始まりは「悲しさ」である。

ジャズ系の定演があんなに感動なのは、
3回生の時にみたアルスのリサイタルがあそこまで感動的だったのは
終わりを肌で感じる「悲しさ」によるものだと思う。

俺は立ちすくむような景色を見て素直に感動してしまう純粋な心をもったナイスガイだが、
自然の前に素直に「綺麗だなあ」と思うと同時に、何%かは「悲しさ」も感じる。

エトセトラ


こうも例を列挙するとなんか薄っぺらい話になるようで嫌だわ。

ということで哀に注目してみることも大切かもしれないという話ですが、
だからといって特に生き方が変わるわけではなさそうだ。



怒の効用についてはまだワカンナイ。

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