ぱもじゃに鈴木太朗という先輩がいました。俺の2世代上の人です。
ジャズしか聴かないという俺からしたら理解できない人なのですが、彼の音楽に対する異常ともいえる真剣さは俺だけでなく周りのぱもじゃ連中に大きく勇気を与えたでしょう。
やると言い出したバンドを1週間後にやめたいと言い出す。
いきなりギターをやめてクラリネットを始める。
かと思ったらピアノを始める。
の裏ではしっかり12弦ギターを買ったりする。
いきなりそれを売ったりする。
研究室にアップライトベースを持ってくる(ていうか買ってる時点ですごい)。
ギターの岡本さんをして「プロになれる」と言わせたのに今では女子高生相手に先生をしておられる。
そんな奇天烈ぶりも魅力の一つである太朗さんに俺はジャズの手ほどきをしてもらいました。
この人がいなければジャズ系入っていないと言っても過言ではなかろうであります。
今までのバンド生活で感謝したい人間が3人いまして
澤良木詠一はバンドを教えてくれ
田中宏明は大学で安心してバンドをできる場所をくれ
鈴木太朗はジャズを教えてくれて
上の2人はまた別に稿を寄せるとして、太朗さんという人間は俺からしたら純度100%に尊敬と感謝してしまう珍しい存在であります。
一番印象に残っているのは大学3回生の時に真伊年とやったメセニーのバンド。
Bright Size Lifeをスタジオで50分くらいぶっ続けでやらされた。50コーラスくらい?もはや修行。
当時は文字通り涙目でしたが、こういう経験がよかったんだなと今になって思うのだ。
そこにあったのはやっぱり愛であったからなのだ。
俺に対するとか音楽に対するとかこのバンドに対するとか、いろいろな意味での。
そう考えたら太朗さんは音楽ももちろん人間も同じくらい好きだったのだ。
たぶん本人は否定するだろうが、どこからどう見たって、そうだ。
はて、自分が先輩としてそういう経験ができたのだろうか。
阿久津とか倉都とか、よくつるんだ後輩はいるが、音楽的に道を示せてないな。
ジャズ系の後輩は後輩で知らん間に勝手に俺より上手くなってるし、もしかしたら俺にそういう役目の必要はないのかもしれない。まあ、それも少しさみしい。
ダーク1年目が終わった瞬間、まっさきに感謝したのは太朗さんだった。
出口で本人を見つけて泣き崩れた。
この人以上に音楽好きを感じる人は一人もいない。
もちろん太朗さんより上手い人は京都にもいるが、
音楽の話をしだす時、ギターを弾いてる時、ストイックさ、普段のキャラといい俺の中で唯一無二のかっこよさで、ヒーローとして君臨している。ずっと。
あと半年。
俺はジャズ系の誰かに対して、そういう先輩になれるかなあ。
2007/10/10
吾輩よ先輩たれ
時刻:
20:31
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