飲み会編
人付き合いにおいて、「壁」には2種類ある。
しかもこれには2パターンあって、それは人と接しても心の奥までは見せないという「心の壁タイプ」と、知らぬ人との接触を恐れる「接触の壁タイプ」で候。
俺は後者であった。というか未だにそんなところがある。
しかももっと細かいこと言うと、全く知らない人に対しては全然壁なんてないのに(例えば町の通行人とか楽勝で声かけれる)、同じサークル内でビミョ~に知っているくらいの関係の人間とはなかなかコミュニケーションとれないというタチのものである。
一度気さくに話し会える間柄になれば俺ほど心開く人間はいないくらいの自信はあるのだが(というかそれ以外の人付き合いが無理)、そこまでに達する道のりが高く、険しい。
俺は最初から人を「嫌い」から入るところがある。
聞けば松本人志もそうだと言う。
そんで「こいつこんなええとこあるんか」という経験をつむことで信頼関係を事後的に築いていく。そんな付き合い方をしていたなここ最近。
まあつまりビビっているのである。皆に。
さらに外見からかしらんがどうも後輩から怖がられる傾向があるので(甚だ不本意である)、お互い接することなく今まで来てしまった後輩も多いのでしょう。
それは少し寂しい。
俺がなんでビビっているのかと言えば「やっぱ男としてその場を盛り上げてナンボ」みたいな気負いが強いからである。
なんでそんな気負いがあるかと言えばその能力に自信がないからである。
これはもうどうもこうも変えられない性質のようでして、例え福井とか山中とかちゃっかとか阿久津とかの普段から絡みのある連中と喋っていてもこの気負いはとれない。
俺は常にキンチョーしているのだと思う。意識はしてないが。
じゃあ「別にそんなキャラ目指さんくてええやん」という話になるが、どうも去年発揮しすぎた説教先輩キャラには戻りたくない、というか俺が後輩だったらこんな先輩やだ、という理由で却下。
どうも話を哲学・思想論的な方向に持っていく癖があり、まあ本音ではこの癖は俺の武器になっているとは思っているが、あえて封印して他の武器を鍛えましょうという選択。
人間の幅を広げるのでR。
別にそうなろうと意図したわけではなくて、気付いたらこうなっていた自分の心境の変化をこう説明できたってだけ。
しかしどう考えても去年・一昨年の方がモテとった気がするのが実情。
今が一番中途半端な時期なのかもしれない。今は耐える時期である。
そういう意味では今の山中はジャズ系で一番バランスがいい。
人間の器であいつには勝てる気がしない。
人付き合いという面でこいつには勝てんと思う人はジャズ系では3人おって、一人は上記の山中。あとは丸さんとけーじさん(もはやジャズ系ではない)。
「他人に対してホンマに壁を作ってないな」と思うこと山の如し。
周りの人間が彼らを信頼しているのが第3者として見るとよくわかる。
最近はさっき言ったような気負いを無くせればいいなと思う。
絶対そんなものが無い方がおもろいことも喋れるはず。
でもこの人と仲良くなりたい!という人に限って気負ってしまうのが人間の性である。
俺昔はそういうこと無かったんやけどなあ。
社会は複雑である。
でも9月の夏合宿の時に、丸さんを見てようやくそこら辺のことに気付いた。
そんで、俺は自分で思っていたほど実際は他人に対して壁をつくっていないことに気付いた。
壁をつくった気になっていたようだ。
なもんで昨日の飲み会はどうも楽しかった。
壁を意識せずにいろんな人と喋れた。
稲吉くんと喋ったのが収穫だった。
やっぱり人間シンプルな方がいい。
もうモテたいとか言うのはやめる。しょうもないから。
そういえば、今はもっとロック系の連中と仲良くなればよかったと思う。
2007/10/01
音回廊03
時刻:
1:38
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