本当に今更ですが、イブはドライブでした。
今年は彼女と呼べる方も存在しませんので、
倉都(とにかく落ち着きがない)、武田なつき(天然)、山崎(和歌山とみかんを強調しすぎマン)
という脳味噌が沸騰しかかっている3人どもを引き連れて
某ホテルでバイショーとしゃれ込みました。
山崎と音を合わせるのは多分1年ぶりだったのですが、
もはや別人でした。
間違いなくこの独り身カルテットの音楽面を引っ張っていったのは山崎でしょう。
ダークやってこんなに変わる人間もいるのですわな。
ほとんど変わらん奴もおるわけだが。
倉都はジャズバード見た時も思いましたがリズム面で課題がありそうです。
武田なつきは楽器に触れる時間をもっと増やさにゃといった感じです。
いまさしは定演前から続いている右手の炎症をなんとかせにゃといった幹事です。
そういえば、ホテルに到着するまでの車で
当バンドは独り身トリオ+1だったはずが実は独り身カルテットになっていることが発覚し(もう言っていいやろ)、その時に
「もうどうしようもないですね」
と言った棒読みの女がいて、あいつのセンスはたまに神がかっている。
本番は、
司会のおっさんの無茶振りに愛想笑いで答え
ヒゲのズレまくったサンタに大笑いし
ラストに参加者全員で手繋いで&円陣で歌いだしたのを見て冷笑し
子どもの前で衣装を脱ぎ始めるサンタに苦笑して
こんなに笑って時給にするとトンでもない額の給料もらえるのだから、実においしい話であります。
その後は1ヶ月前にこの話をもらった瞬間に閃いた
(さすがジャズ系イベント部部長である)
「バイショー用に借りた(他人の金)レンタカーで琵琶湖に行ってケーキ食ってシャンパンを飲もま~いツアー」
というプランを実行しました。
さとまり大雅しげるあたりも誘ったら全員で声を揃えて
「オレたちゃ一匹オオカミだ!!ほっとけ!!」とか言い出すもんだから
後輩3人の人脈をフル活用して電話を掛けまくり、ひっかかったのは丁度電話をよこしてきた丸さんと、当時山科にいたまっきーとせなちゃんでした。
もうすっかりできあがっていた丸さんは赤信号で止まっている車から勝手に降りるなどそのめんどくささを如何なく発揮。
もうすっかり棒読みだった武田なつきは窓を開けようとして替わりにドアを開けるなどその天然ぶりを鬼神の如く見せつけておりました。
もはや県道で90キロ出すだけでは全く太刀打ちできないレベルです。
とにかく鞠小路で特大のケーキを買った時と、MaxValueという特大のスーパーを発見した時の車内のテンションの上がりようは間違いなく日本一でした。
琵琶湖対岸の夜景を何を思ったかフラッシュで写真に納めようとする女連中を見て
「ひのきの棒とステテコパンツとおなべのフタでムドーに単身で挑むハッサンのようだ」
といたく感動し、
ちょうどキリストが2008歳になった瞬間に琵琶湖に向けてシャンパンを開けました。
そこで何の話をしたかはさっぱり覚えておりません。
恐らくたいした話はしなかったのでしょう。
当初「1時には帰らんとキツい」と言っていた倉都も「どうせ琵琶湖行ったらそんなことすっかり忘れるやろう」という俺の思い通りに事が運び、ケーキを寸分の狂いもなく7等分し、倉都がめんどくさい感じに酔っぱらい、MaxValueへの道を教えてくれたサークルKの女店員にどうしてもお礼がしたいという丸さんの願いを叶えて、ドライブマスターいまさしの指揮による京都大学独り身オーケストラはその全活動を終了しました。
おちまい。
結局イブは3年連続でドライブでした。
こういう楽しみの方が自分に向いていると思います。
・山野へ行こま~い
・砂丘の朝日を見よま~い
・忘年会をしよま~い
・イブに琵琶湖行こま~い
に引き続き
・ジャズ系マリオカート最速を決めよま~い
・桂離宮へ行こま~い
・天橋立に行こま~い
というイベントを本気で企画しております。
ご参加の意思はいまさしまで。
2007/12/31
琵琶湖で詫びろ
2007/12/29
beauty & stupid その02
んで、
ダーク2006に関してはほぼ全てのライブを見に行ったし、
合奏もしょっちゅう見学に行くわ、行ける飲み会は躊躇なく全て参加するわで、
主に山中やいがっちょ、岩波レイとしゃべり場も真っ青な真面目な音楽論で話をしまくった。
ただ、
「助言かお節介か」という問題はダーク2006と付き合う上で
1年間ずっと悩みとして頭に在り続けた。
2006年も末にになってくると、こう思ってくるのである。
「ひょっとしたら連中にとって、俺がやってることはただのお節介だったのかもしれない」
タイミング良いことに同時期に自分が就職活動やら研究室を経験する中で
「もうあんま難しいことを考えんとこう。シンプルに楽しく生きよまい」
という思考パターンになってしまったことが400%でシンクロしたおかげで、
2007の俺は小難しい音楽論に関する話を全くしなくなった。
mixiの日記も随分趣向が変わった。
ふとしからは「キャラ変わりましたよね」と言われた。
千葉はそんな俺に「不安です」と言った。
人間改革を果たしたとかそんな大げさなものじゃなくて、単に
「今年はアホっぽいことを言うのが俺のブームです」
という単純な話なので、
俺という人間が変わったというよりも見せ方が変わっただけ。
「これが俺にとっての正解だ」
という信念は、大昔と今でも対して差がないんだから。
だから不安になるようなことじゃないと、思って、るんだが、いかがなものか。千葉。
話が逸れた。
2007年に俺が小難しい話をすっぱりとやめたのは、
俺がダーク2006に対してやってきたことが、良かったのか悪かったのか、ずっと答えが出ていない
ということが理由として大きかったのだ。
そんなことだから、
つい先日の忘年会でいがっちょから
「感謝してます」
的なことを言ってもらえたのが、もう最高に嬉しかった。
ただ、「はよ言え!!」とも思った。
真剣な音楽論を口にしなくなってから、俺は急激にモテなくなったからである。
(女にという意味ではない。まぁ含んではいるが。)
まあ、モテ担当はもう来季の3回生~M1にまかせたらいいのは事実である。
とりあえず最近は
倉都と木本がダークやったらいいのに(NGワード)
っていうことを考えている。
beauty & stupid その01
2005年12月11日にダーク2007という団体が姿を消してから気分はもはやOBということで、
51%は身内として、49%は他人事として次の年のダーク人選に興味を持つようになった。
刻一刻と進む山中の采配に
「あいつならいいね」
「え、それはないでしょ」
みたいなことをOB同士(といっても3人くらいか)でいちいち話題にしていたような覚えがある。
プレーヤー的な側面は当たり前として、それとは別に
「こういうキャラがいるとバンド運営上一気にやりやすくなる」
「逆にああいった人間がいるとやりにくいよフルバンって」
的な知識は、C軍を2年間やったこともあり後輩に言えることがあるだろうと思った。
まぁそういうことを言い出すと結局「今橋みたいなのはやめといた方がいいよ」
という結論になるので声を大にして言えないところがあるのだが。
おおっと、東京では自虐ネタは敬遠されるのだった。
気をつけねば。
結局、ワァタシの記憶がたぁしかならば、
人選に関して俺個人の意見は山中に一言も言わなかった。
(今となっては誰に決まった時に「そらないわ」と思ったのか、
代わりに俺が誰を推していたのか全く記憶にないのだが。)
長くフルバンを経験した者として助言が有意であると(一応)信じてはいるが
(そもそもそんな意識がなければ助言する意思など生まれないはずだ)
(もちろん俺らとしても、こうじゃなきゃダメと言いたいわけではなく、こうなる恐れがあるよ、というレベルの助言のつもりであることは承知だ)、
これから山中が自分のバンドを創ろうとしている前に、
それがただのお節介になるのかならないのか、
その判断がつかなかった、というのが実際の理由である。
「助言」になるのか「お節介」になるのか。
ここらへんが、後輩と付き合う上でヒジョ~に難しいっすねぇ。
みたいな話を、当時西畠や泰静と頻繁に交わしていたなぁ。
まぁ俺らに後輩から疎まれるリスクに対抗する勇気がなかったというのも、ひとつの事実だと思う。
今年の定演が終わってから、今度は山中とそんな話をした。
先輩と後輩の関係ってのは輪廻していくんだなあと。
おもしろいね。
その02に続く。
2007/12/28
日常生活に潜むリスクマネジメント
mp3ファイルの再生はもちろんのこと、
ライン録音可能だからデジタルで音が出る事実上のすべての機械から録音が可能。
しかも同時進行でmp3に変換してくれる。
USB端子が内臓だからPCにつなぐといってもいちいちケーブルを携帯する必要は皆無だし、
その気になりゃ日本はおろか海外でもFMラジオが聴ける。
マイクが内臓だからボタン操作だけで会議くらいのレベルだったら楽勝で録音が可能。
携帯灰皿サイズの小さなボディ。
そんな織田信長が現代に生きていたら真っ先に飛びつくような
夢のような製品が2年まえに発売されまして、私も随分お世話になったものです。
特に、
・就活の面接を録音
・MDの録音をmp3変換
において鬼神の如く活躍してくれました。
名をiriverのT20という。
壊れやがった。
さっき豪雨に抵抗しながら必死で原チャで研究室に来たのですが、
ポケットからしっとりと濡れたT20を確認しました。
おもしろいほど電源が入らねえ。
前々から気づいていたが、
どうも俺はリスク対策行動をとることがびっくりするくらい下手糞である。
雨が降っているとなれば、そんなものは鞄に入れるか、
あるいはポケットに入れるとしてもしっかりと口を締めるくらいのことはしても大した労力ではないのに。
なんでそういうことをしようとしないのか。
さっぱりわからん。
さっぱり妖精。
ウッベを横に倒すのがめんどくさいと思って縦に立てかけておいたら
ズルズル倒れてネック折るし。
あの時は楽器庫前で一人地に伏して悲しみを表現した。
浪人中、ポケットに裸で5000円入れといたら落としたのも、
財布に入れりゃあいいだけの話だった。
こんな例を出したら枚挙にいとまがない、ずぼら星雲の寵児いまさしさん。
ものの1秒くらいでできるはずの細かい気配りを怠ったせいで、
その後何倍もの時間と、そして金を無駄にするこのアンバランス感が、
なんだか不思議だなあと思いました。おちまい。
ニューヨークからの使者
今日はバイト先→Love☆我が家のルートを、
大通りではなく、敢えて細ッッい道を選択して帰ってみた。
向上心が日本人平均の√2倍あるいまさしさんとしては
はたして今のルートが最速なのか?
という疑問は常に頭を悩ませる問題だからである。
信号が全くないので、
十字路で直交車線からの車とドンピシャのタイミングで鉢合わせた場合には
もちろんどちらか一方が譲らなければ日本はエラいことになる。
今日は、3回そのようなケースがあって、3回とも先を譲ってみた。
心が太平洋だからです。
(会釈などの)お礼をされた確率 = 0%
シェー 「( ̄□ ̄;)」
別に俺はここで礼儀が大事だ!!とか言いたいのではないし、
礼をされなかったから譲った甲斐がなかったわ…とか言いたいのではないが、
礼って自然としたくなるもんじゃねえのか!!?
俺のバイト先に聾唖(耳が聴こえない)の人がいるが、俺はその人と挨拶する時でも声を出す。
もちろんその人には全く聞こえちゃいないし、
表面上だけでも口が動かしときゃ相手も喜ぶだろうとかじゃなくて、
俺が声を出したいから出しているのだ。
エレベーターでドアを開けて待ってくれた人がいたり、
誰かに道を譲ってもらったら、
「笑ってありがとうと言うのが礼儀」とかいう話以前に、
ありがとうと言いたくなるもんやろ!!
そうした方が自分の気分がいいやん!!
だから、礼をされなかったことじゃなくて、
礼をしたくなる気持ちが涌かない人ってのが悲しいんだぜ俺はよ!!
俺がN.Y.にイって一番のカルチャーショックだったのは、この挨拶という点だった。
表面上だけなのか本心からなのかどうかは全くわからないが、
みんなやたら愛想が良くて、街を歩くだけですごい気持ちがよかったんだ。
京都を都会と言えるかはかなりの疑問だが、
石垣島という超田舎でも、問題は一緒だった。
道譲ってもあいつらほとんど会釈しやがらねえ。
ひょっとしたら日本という国全体がそうなっているのカモしれない。
とにかく、上記3人のドライバーには、
たいしたツラしてねえんだから、せめて愛想笑いくらいして感じ良くしとけ。と言いたい。
2007/12/27
僕らはひまわりへ向かうだろう
どこに出しても恥ずかしくない人間というのがたまにいる。
仕事はデキるし、
話はうまいわ、
礼儀も知っているし、
とりあえずミスがない。
それらの人の共通点として俺が考えているのは、
「基本に忠実」ということだ。
般ピーが2段飛ばしとかでとっとこ歩いていく階段を、着実に1段ずつ昇っていく感じ。
隙が無い。
ずぼらさが無い。
研究室と、バイト先の先輩にそういう人がいた。
これは深谷が言っていたのだが、
フジテレビの8次面接を突破し内定を勝ち取った人と話したことがあるという。
その人は一言で言えば「完璧」だったらしい。
ところで現実問題として、俺自身、プライベートでそういう人たちと仲良くなることは、まずない。
類友の法則という言葉は嫌いだが、
やっぱりそういった因果関係が裏で糸を引いているのだろう。
極端にずぼらな俺はやっぱりどこかヌけてる連中とばっかりつるむことになる。
なるほど、俺の一生の付き合いになるであろう土佐高とかジャズ系の連中を眺めると、
完璧な奴なんてまるっきり一人もいないのである。
俺の理想の人間像が、そういった「完璧な人間」ではないことは明確で、
ともすれば俺たちは各々が持っている理想像に向けて
知らず知らずのうちに近づいていっているのだ。
逆の言い方をすれば、今の自分というのは自分の理想像の縮小線上にあるのだ。
自動的に。
と考えると、自分探しで苦悩することがアホっぽくなってくるでしょう。
俺自身はそんな悩みを持ったことが1ミクロンもない男だが。
今の自分の延長線上に理想像があると実感できない人はどこか歯車が狂っているのだろう。
2007/12/25
Derringerに恋した男 その02
楽器屋からチャリを片手で押しながら肩でウッベを担いでハァハァいいながら帰っていると、
丸太町沿いの花屋さんを通り過ぎたとき
「大変だねえ」
とか声をかけてくれたのがうれしかった。
と思いきや、
その花屋を10mくらい通り過ぎた時に隣にキキッとトラックが止まったもんで
何事かとびっくらこいたらその花屋さんがウッベとチャリと俺を積んで行ってくれるという。
読者諸君は、ここでむせび泣いて欲しい。
こういう経験をすると、
「俺も人にやさしくなろう」
と思えるから、とても素敵だ。
回想録を書くとこういう経験を思い出すきっかけになるもんで、
これはブログを書く一つのメリットかもしれない。
まぁそんなこんなで俺はウッベという楽器が大好きだ。
ダーク2004年のある合奏の日にぶっ倒れそうな風邪をひいてしまい、
「バンマスたるもの風邪で合奏を休めるか!!」
と気合入れてチャリでウッベを運んだら
(当時は楽器庫ではなくぱもじゃのボックスに楽器を置いていた)
やっぱりフラフラでバス停のベンチに「ゴン」とぶつけて穴があいたこともある。
修理費20000円だった。
新しいウッベを買って2ヶ月で「ガン」と倒してしまいネックを折ったこともある。
修理費47000円だった。
ちょっと調整するだけで5000円もとられる。
たまに鴨川に放り投げたくなるくらい手間のかかるこの楽器が、なんでか大好きだ。
たぶん、一生大好きだろう。
そんで、ウッベを弾くきっかけをくれたブランキーもやっぱりずっと大好きだ。
たぶん、一生聴き続けるだろう。
ブランキーがなかったら俺はジャズ系にいなかったかもしれない。
2007/12/21
Derringerに恋した男 その01
つい先日、いまさしさんとベースとの関係をメランコリカルにかつ激しく語ったところである。
ワタクシは何かにつけてBlankey Jet Cityが大好きなわけで、
というかブランキー以外は大嫌いなわけで。
オット冗談。言い過ぎてやったぜ。
高1の時に澤良木に「国境線上の蟻」を借りたのがきっかけだったと思うが、
同時期に仙ちゃんもブランキー好きだということがわかって、
「この男のセンスには絶対に、間違いがない」
と今でも思えるこの世でただ一人の存在である仙ちゃんのハマりは
そっから高校3年間は文字通りブランキーしか聴かなくなるほど俺に影響した。
そう言えば高3の後半になって平川から借りたSlipknotも聴き始めたな。
京都でローニンしてる間はもちろんベースなんて持って来てなかったので、
俺が音楽的発散として選んだのはドラム、というよりスティックだった。
SlipknotのLeft Behindをプレイヤーで延々とかけて、
頭ぶんぶん振りながらスティックを振り回していた。
標的は枕とベッドだった。
想像するとかなりイタい絵だが、ドラマーの個人練はみんなこんな感じだろう。
まぁ恐らく100回以上聴いた(そして叩いた)おかげで
Left Behindに関してはドラムのパターンを完璧に覚えたものだ。
しかし今までその知識が役立ったことは一度としてない。
何の話だ。
まぁそんなもんだから大学入った4月に、ぱもじゃの新入生ノートに
「好きなアーティスト:Blankey Jet CityとSlipknot」とだけ書いて、
佐々木さんから
「こんな奴おるわけがない」
と言われることになるのである。
話は戻るが、高校時代のブランキー仲間である前述の澤良木が屋上から
昼休みとかでグランド出てた俺に向かって
「お~いいまはし~」
とか言いながら「彼女は死んだ」のウッベのラインをバコンバコン弾き始めるものだから、
「あのヤロウ…」
とウッドベースという楽器に漠然とした憧れを抱いたのである。
そしてブランキー解散直前に発表された「Derringer」のPV(照井がウッベを弾いている)を
「世界で一番かっこいいPVだ!!」
といたく感動して毎夜のごとく見まくっていたもんだから、
憧れは余計に募るのであった。
ただ当時の俺は全部員50人(くらい)中男が3人とかいうオケ部に入るだけの度胸はあいにく持ち合わせておりませんで、「死ぬまでにいつか弾きたい」くらいに思っておったと。
そしたら大学入ってぶらぶらしとったら、ルネ横(当時はそんな名称など知るはずもないが)で
ウッドベースを弾いてるおねぃさんがいるではないか!!
話かけて、ジャズ系たる存在を知る。
それから俺がジャズ系に入会するまで1年半を要する。
理由は「飲み会が怖すぎたから」である。
なんともかわいい男ではないか。
それがバンマスやって飲み会の度に何十杯というビールを飲むようになるんだから
人生何が起こるかわからないものだ。
それまでぱもじゃで好きでもないハードロックのベースばっかりやっていた俺に
太朗さんから
「ジャズをやれ」
という神託にも近い指令を頂いて、
同時期に寺町の楽器屋さんでウッベが6万円でゴロンと転がっているもんだから、
「こらァ神様が俺にウッベを弾けと言っとるんだわ」
と思わない方がどうかしとる。
そのベース、実は商談相手が既に決まっていたので諦めたが、
数週間後にもうずっと相手から連絡がないとかいうことで、結局譲ってもらえることになった。
ビバ劇的。
このストーリーで映画化→大ヒット→印税生活としゃれこみたい気分だぜ。
その2に続く。
2007/12/19
Dが終わる #02
「定演の打ち上げで、なぜコンマスとバンマスは涙を流すのか」
ということに関して大論文を執筆してやったが、結論がアホっぽかったので消した。
4回生以上の人はある程度知ってると思うが、 こう見えて俺は結構な泣き上戸である。
2004の自分がバンマスの時は定演演奏中のラスト3曲くらいはボコボコに泣きっぱなしだったし、
その打ち上げでのスピーチでもバキバキに泣いた。
2005の打ち上げではヒラのくせに4回生ということで前に立って喋らされた時にバコバコに泣いたし、
今思い出したけど2003のD軍が終わった定演打ち上げでもドコドコ泣いた。
3か月しかいなかったのに。
あとこれは自分でもなんでかわからんが、 2005ダークの長野遠征のBlow By Blowでソロとってる泰静を見ながら手拍子叩いているちゃっかを見て密かに泣いていたという思い出がある。
ぱもじゃでやってたマスオというバンドのラストライブでもライブの半分はぐしゃぐしゃに泣いていたし、
実は今年のNFでも、ピストンがラストライブやって、Sir Dukeの時に後ろを向いて泣いた。
2004の天理ALSのリサイタルを見てボロボロに泣いたし、
2005定演はD軍井本のHay Burnerでさめざめと涙したし、
2006定演はダークのRockin' in Rhythmの最後のテーマに入る直前のベースがハイポジションになるところでぶわっと泣いた。
今年の山野では倉都がソリストマイクに向かって歩いて行くところから既に泣いていた。
要するに俺はだ、「これで最後だよ」という覚悟が必要な場面でヒジョーに涙もろくなる。
(倉都の例は違うが)
さすが「ジャズ系1のロマンチスト」を自負する男である。
俺が考える「男に必要なものランキング」のベスト3くらいに「ロマンス」がある。
ロマンスが男を泣かせる要素だとしたら、俺はやはりロマンス溢れる男であると言うことができよう。
ランキングベスト1からベスト10までをいつか公開しようと思っているが、今しばらく時間を頂きたい。
ただ、映画とか小説やらといった作り物では、俺はほとんど泣かぬ。
その中でも漫画とゲームは比較的泣く部類に入る。
今年の定演ではもはや現役組とも歳が離れすぎておるものですし、
「まぁ泣くことはないだろう」
くらいに思っていたら、
D軍のアンコールMCでザンギエフが言葉に詰まり、
そしてFlight of Foobirdがテーマに入った瞬間に涙を抑えきれなかった。
オット、10分後には自分の出番だったぜ。
俺はなんと後輩想いの先輩なのだろう。 わっはっは。
打ち上げではドッカンドッカン泣いてる大雅を見て胸が熱くなったし、
智子が丸さんの前でガッチャンガッチャン泣いているのを見て「なんで俺の胸で泣かねえんだ」
「こいつには一生このまま素直なままでいてほしい」
と思ったし (俺がどう思おうとこいつは勝手に一生変わらない気もするが) 。
こいつの素直さは見てて感動するなあ。
別に俺は泣きたがりでもなんでもなくて、
必要が無いなら涙なんてなくていいと思ってるくらいだし
ただ、
素直に泣いてまう自分が好きと同時に、
素直に泣く奴が好きだ。
お涙頂戴ムードが嫌いだと普段から豪語しておられる方たち、
一年に一日くらいはそのことを黙って耐えて頂けないだろうか。
2007/12/17
Dが終わる #01
定演でゴザった。
いつになっても定演はいいものです。
ジャズ系の連中周りのmixi及び木本ブログの沈黙ぶりがすごい。
なかなか言葉にできないもんね。
今気付いたが、
俺の知ってる限りM2にもなって定演に出た奴は俺くらいかも。
あー、丸さんも25か。
新日本人は個人的な出来は30%くらいだった。
すでに1曲目から調子が悪すぎたので(左手が最初から攣りそうだった)、
もはや絶望的な気持ちで演奏しておりました。
録音聴いても
「アチャー ヽ(  ̄д ̄;)ノ 」
と感じる場面が山の如しだが、
ラストのBlues For C.T.は最高に楽しかった。
総じてライブ自体もなんか良かった気になる。
俺ァ、あの曲大好きだ。
思うに、山中とよく話していた
「新日本人というバンドはこういう音楽をしていきたい」
という理想にかなり近く、そしてお客さんもそれを感じてもらえるような、
そんなライブができたはずだ。
ということにしておこう。
俺はずっとそれを「ポップ感」だと言っている。
上手いジャズもいいが、それ以上に「良さ」を感じれるようなバンド、
そういう意味で「ポップ」という言葉を選んだ。
そして、そもそも俺個人がそういうプレーヤーを目指している。
だからというわけでソロでネタを仕込んでいるわけではないのだが、
そのポップ感を表現するベース技術がいまだに無いもんで、結局ネタに走ることになる。
逃げです。
まぁ、プロじゃないんだし、ええか。
ということにしておこう。
そういえば、
さすがにもうドラクエはできんわなと思い、
「日本人なら誰でも知っちゅう歌を適当に挙げてくれんかの」
と電話で聞いた俺に
「幸せなら手を叩こう」
という回答をよこしたおかん(高知在住)にただならぬセンスを感じた。
それを聞いた瞬間に、
「たまにドラムの人とかロックのボーカルの人がやる、客とのコール&レスポンスをベースでやる」
という俺の長年温めてきた夢が叶った。
いや~興奮したね。
おかんを新日本人ナンバー5に認定しよう。
みなさん手を叩いてくれてありがとうございます。
誰も叩いてくれんかったらその場でベースと一緒に首吊って死のうと考えていたから、
ひと安心したぜ。
2005年の4大ライブ(セレクションのDancing Menベーソロでネタやりまくったやつ)
以来のハイライトを迎えることができた。ような。気がする。
「幸せなら手を叩こう」
活動を終えるダーク2007とD軍2007に向けてのメッセージのつもりでした。
それと演奏中、舞台袖でマンショが「お前アホか」というくらいノリにノってたのが目に入って、
スーパーハイテンション状態になった。ああいうのは最高に嬉しい。
これから最後のライブに赴く奴があんだけはしゃいでいることに感動を覚えたわ。
マンショを新日本人ナンバー6に認定しよう。
あとネタやった時に大雅がニヤニヤしてたのも嬉しかったなあ。
あいつを新日本人ナンバーlog2に認定しよう。
自分周りに関してはこんくらいかな。
そういえば、イントロで山中がスベりまくってたのがおもろかった。
あいつはスベってもイタくないのがすごい。
というか、ずるい。
ありゃあ多分あふれ出る愛嬌のせいだろう。
あれでさらに自己フォロー技術を磨けば、ふとし並みの最強MCになるような。
2007/12/14
僕の心を取り戻すために
D軍ラストライブv.s.京都バーニング楽団はどうやら盛況だったようで。
Skin Deepのドラム&ベースソロが。
ライブ2時間前に急に「ベーソロやれや」と言ってきた福井にKA☆N☆SHA。
俺たち実は付き合っています。
飲み会ではふとしに
「これが社会人風の酔い方か」
と学生陣を唸らせる酔っ払いぶりをさまざまと見せ付けられながら、
「あァいう遊び心がネ?大事なんでスよォ」
みたいな褒められ方をしたが、普段から嘘っぽいあいつが当社比30%増しで
余計に嘘っぽくなっていた。
ドラクエは俺の専売特許だから特許料を払ってもらうとしても、
みんななんでソロ中にもっと遊ばないのかなあというのは常々思っております。
好みでしょうかネ。
※注意:俺ほどやりすぎるのも正直どうかと思います。
趣味がほとんど合わない俺と福井だが、
音楽で遊ぶという意味では俺たちは相性が極めていい。
俺たち実は付き合っています。
ただ、ライブ全体は。個人的に20%くらいのデキでありました。
ライブ終了直後は超機嫌悪かったです。
そんでワインのラッパ飲みとしゃれ込むいまさしさんでした。おしまい。
という反省を活かしつつ、
「定演くらいは素晴らしい演奏をしよま~い」
と意気込み、昨日から名曲X(企業秘密)を延々と聴いてはベースラインを譜面に起こすという、
実にミュージシャン冥利に尽きる作業を続けております。
-以下余談-
知らない人には是非々々お勧めしたいのですが、
非常に気分が憂鬱な時は、音とりをしてみて下さい。
だいぶスッキリします。
俺は2005年にこの方法を発見しました。
-以上余談-
昨日から聴いてるその名曲Xのネタですが、
「かっこいいこと山の如しであることよ(ベースが)」
と思っていたら、クレジットみたらChristian McBrideでした。
どーりで。
俺からは絶対生まれてこない珠玉のフレーズばかり(当たり前だの前田ガン)。
感動のあまり譜面が涙でにじむぜ!!
読めん!!
ジャズ始めたてのころ、
事務ホールと論カーターのデュオ(アルバムAlone Together)収録の「枯葉」を
譜面に起こしてアホみたいに弾き続けたことがあって、
今思えばあの時期が一番成長した時かもしれない。
あれ以来、実に3年くらい、ダラダラしてきた気がする。
ダーク2年もやったもんだから、そら曲のコピーは腐るほどやったけど、
「このベーシストの思考を盗むんだ」
というつもりでコピーする経験を随分怠ったなあ。
もはや手癖でしか動けなくなっていた俺。
昨日と今日で、随分自分の演奏が変わる気がする。
定演前に気付けてよかった。
2007/12/13
メガロマニアが交錯する僕ら
悩んでいる奴が好きだ。
壁にボコボコ当たりながら、「なんでやねん!!」て苦しんでる奴を見ると、
ムショーに応援したくなる。
どうしたらあの子を射止めることができるのかとか、
そんなしょぼい悩みじゃなくて。
自意識と周辺環境とをどう擦り合わせるかっていう悩み。
その摩擦で火傷しまくっている奴。
俺にそういう時期があったから余計にそう思うのかもしれない。
2005年、バンマスやってる時に「コミュニケーション不全症候群」なんて本を読んだりした。
まあこの本は全く見当はずれもいい本だったけど。
それを見て浅田が心配してた。ちょっと嬉しかった。
もう二度と経験したくない時期ではあるが、
今となってはあの時期を経験したから今の俺があるんだなと思える。
何がきっかけか知らんが俺の場合、
「世の中全部自分のせいだ」と思うことで
かなり周囲との接し方が変わった。
でも、きっかけは人それぞれなんだろう。
世の中随分世渡り上手な人もいるもんで、
(俺のことをそう思う人間もいるんだろうが)、
たしかにそいつらといる時間は楽しいもんだが、
俺は最後には「苦悩する不器用」と一緒にいることを選ぶ。
一緒にいて笑いが止まらんくらいおもろいとか、
そういう連中ではないんだが、
なんでやろうな。
たぶん、
間違いなくそいつらは真剣に生きてて、
間違いなく純粋だからだ。
俺はそいつらに何かひとつきっかけを与えられたら、すごくうれしい。
2007/12/11
They're D.B.N.S.O.2007 その2
ところで、ラストライブで「すげー!!」と思ったのは以下の人たち。
・こまいぬ
あの集中力は見習いたい。
プレーヤー意識が伝わってくる。
上手いという点では申し分ないのだが(近年の京大サックス陣の中でも抜群)、
ちょっとおもしろさに欠ける。「上手い」以外の要素がほしい。
ただこれは過ぎた要望カモネー。
・瓜倉
やっぱりAトレのソロが神がかってた。
ただ、いいソロと悪いソロの差が激しすぎる。
3時間の長丁場を考えると仕方ないのかも。矢ガモ。
・清水
個人的に唄い方が好き。もっとソロがあっていいはず。
ミディアム~ファストのスイングも全部バラードになってしまうのをどうにかできないか。
BS対バンの時にそのことを伝えたが、解決には向かってないようだ。
・岩波レイ
文句なく激うまい。
ただサウンドがビッグバンド(というかエリントン)ぽくない。
山崎との相性が良くない感がある。さらに言うとバンドの中でベースだけやたら浮いて聞こえる。
管楽器を追い立てるような演奏。
恐らくベースは管楽器を盛りたてるような演奏をすべきだ。
みっさきーのエイスベイル聞きたかった~
邪魔しにいった打ち上げで山崎が「あと一週間、どういう練習したらいいですかね?」
と福井に聞いていたのに横やりを入れる形で
「性格矯正ちゃう」
と言った。
ちょっと冗談的なニュアンスではあるが、俺は見当はずれなことは言ってないつもりだ。
性格がモロにでる。
演奏とはそういうものだからだ。
逆に言えば性格が変われば演奏が変わるのだ。
ここでいう性格とは、「どういうつもりで音を出すか」という意識のこと。
体験談を紹介する。
ダーク2005の10月だったか11月だったか、ある合奏中。
「一音一音すべてで、客全員を黙らせるほど、かっこいい音を出そま~い (ノ^∇^)/」
というつもりで弾いてみたとたん、メンバーからの評判が劇的に向上した。
ある者は涙し、ある者はスタンディングオベーション、女は全員脱ぐという形で、
その場の全員が最高の賛辞を俺に送ったのであ~る。
そういう「つもり」にたどり着いた以前と以後でなにも優れたテクニックが身についたわけではない。
だって、合奏中の出来事なんだから。
「つもり」の変化が劇的に「音」を変えうると、そういうお話。
前号でいう「引き出し」に当たるのかな。
下地さえできていれば、あとはイメージ力の勝負です。
たぶん、音楽はそんなもんだぜ。
ダークの皆さん、あと1週間でイメージの熟成を試みて下さい。
成長を期待しています。
でも、本人たちに伝えないと意味がないカモ~
They're D.B.N.S.O.2007 その1
ダークのラストライブに行き申した。
あんまり言いたくないのだが、残念なライブでゴザった。
今まで散々「今年のダークすごいすごい」と言い散らかして来たのですが、
今年初めてホール以外のハコでダークの演奏を聴いて、
バンさんが言ってたことがようやくワカタでゴザる。
「管楽器に関しては超素人」の俺が言うことだが、
リズムに対する認識が甘いという印象をぬぐいきれない。
というか、
そんな細かい話になる以前に、
「プレーヤーとして成長」した人間が破滅的に少なかった気がするでニンニン。
清水、こまいぬ、瓜倉、みさっきー、まんしょあたりは「おおっ」と思うところがあるんだが、
これらのメンバーとそうでないメンバーの差が激しすぎる気がするで早漏。
-以下ダークを例年見てきて思うこと ヽ( ´ー`)ノ -
ダークは他大学のフルバンより曲が多い。
今年はななななんと28曲ご奉仕出血大サービスだったらしい。
(参考:同志社-10曲…まあそれもバンドとしてどうかと思うが)
思うに、学生フルバンという1年の限られた時間という制限条件の下、
いたずらに曲数が多くても、全くロクなことがないぜ。
今年はそれがもろに「一曲一曲の詰めの甘さ」につながっている。
曲練に追われて、演奏技術を磨く暇が持てないメンバーが大半だ。
俺は「演奏技術」を2つに分けて考えている。
ひとつは「基礎技術」、もうひとつは「引き出し」である。
「基礎技術」は、いわゆる譜面通りに吹ける技術のことである。
例えばドンカマに合わせて「パッ パッ パッ パッ パッ パッ パンツ」と吹けるかどうか。
モタるとかハシるとかいう駄目だしはこの部分を意識したものである。
「引き出し」とは、いわゆる唄い方のことである。
バラードとミディアムでは必要とされる唄い方が全く違うのは周知の通りだし、
おなじミディアムでも曲によっては「軽快に」あるいは「2-4をタメて」とか「淡々と」、「感情豊かに」
というイメージの使い分けが必要とされる。
この「引き出し」を多く持つ人ほど音楽的に空気が読める。
そしてこの文を書きながら気付いたことだが、
「基礎技術」は「できること」に対応し、
「引き出し」は「したいこと」に対応する。
「したいこと」は「できること」を生み出し、「できること」は「したいこと」を可能にする。
鶏が先か卵が先かワカンナイという話と同じで、
この両者は相互作用しながらぐるぐると成長していく。
1年という限られた(そして短い!)時間の中で最大限成長するためには
どうしても「効率的に成長する」という視点が必要である。
場当たり的に曲数こなしたらそのうち上手くなるやろう-たしかにそういうプレーヤーもいるんだが、
あいにく16人全員をそんな人間で揃えるのはまぁ不可能だ。
なもんで、
「今バンドにとって、「できること」「したいこと」-どちらが優先的に必要か」
ということをしっかり認識して対処していくことが必要だと思う。
-以上前置き-
「基礎技術」「引き出し」の2者で表される「演奏技術」は結局何のためになるのかと言うと、
それはつまり「対応力」につながるのである。
曲数がいたずらに増えると、とりあえず形だけでも整えることが急務になり、
その場しのぎのテクニックだけが身につく。
本当はそのテクニックもプレーヤーの意識次第で「対応力」に昇華することが可能なんだが、
それに気づける人間ばかりではないらしく、
ダーク1年やって上手くなる人と、上手くならない人の差は、恐らくそこにある。
なんか今年は後者が多かったような気がするようなしないようなするような。
理想を言ってしまえば、前期の間に「対応力」を成熟させることができたら、
それ以後はどんな曲をやっても、くどくどパー練とか曲練しなくても、
勝手にカッコ良くなるはずでしょ、というお話。
…という話をけーじさんにすると
「そらそうやけど、学生じゃ無理やろう」
と言われたが、
まぁ学生レベルでできる範囲でそういう方向性で成長するのは有効だと思います。
以上が自身が2年間ダークの管楽器を見てきて、感じたことでアリマシて、
俺がダーク2008のコンマスやるとしたら、こういうことを意識するだろうな、
とそういう話でアーリマン。
後半に続く。
2007/12/09
独善的に自分のセンスをアピールしてみる
D軍2004はサブネームとして「ビッグバンファイターズ」という名前がついていた。
実は俺が考えた名前である。
しかし俺はすでに2004年にはD軍にはいなかったという奇妙な事実が存在する。
俺がD軍に在籍したのは2003年の9月からであって、
入団当初のおD軍には当時の風潮を十二分に表す
「鬼ドランカーズ」
という名前がついており、ネーミングセンスの微塵も感じなかった俺は
「この名前ださいがな。ビッグバンファイターズに改名しよまい」
と(8割冗談で)言い続けてきたのだが、結局誰にも相手にされなかった。
そして3ヶ月間D軍を楽しんだあと、当時「大嫌い」と言い続けてきたダークに籍を移し、
数ヶ月活動するうちに気付いたら、後輩のD軍の名前が「ビッグバンファイターズ」になっていた。
な、な、なんでやねん!!
嬉しくなかったといえば嘘になるが、
誰がD軍に提案したのかしらんがそいつに勝手に俺のふんどし使って相撲をとられた感がして
ちょっと腹がたった。
まぁ昔の話。
少なくともなんとかコロッケストラとか
なんとかマヨッケストラとかよりは随分マシな名前である。
…と思ってるんだけど。いや俺はね。
ダークOBバンドに「京都バーニング楽団」という名前を提案したのも、実は俺だ。
知らない人のために言っておくと、Tb&MCの篠原ふとしの当時のメールアドレスが
Burning-TRB@...
という泣けるくらい恥ずかしいものであり、だいぶネタになっていたという背景がある。
木本にはブログ上でハナで笑われたこの名前だが、
もともと敢えて恥ずかしいところを狙った名前なんだよ!!分かったかこのヤロウ!!
まぁそんな背景を知らずとも、この語感自体に良さを感じないところを見ると
あいつもまだまだである。ナッハッハ。
ところでこの京都バーニング楽団に関して一つハナモチならないことがある。
知らない間に正式表記が
「京都ば~にんぐ楽団」
になっていたのだ。
さ、さ、さ、さんでやねん!!
「京都バーニング楽団」
を
「京都ば~にんぐ楽団」
にすることで俺が託した想いが台無しになってしまうやんけ!!
うげー
野暮を承知で!!説明しておくと、
「京都バーニング楽団」には、
恥ずかしいことを「それを承知の上で」(←これ超大事)大真面目な顔してさらっと言ってしまう大人の男気を感じさせる響きがある。
突っ込みを期待しながらも、それを表に出さないというかっこよさがある。
思うに、浜ちゃんといる時のまっちゃんのボケ方がこうである。
「ビッグバンファイターズ」と言う名前にもこの雰囲気を込めている。
それを「京都ば~にんぐ楽団」としてしまったらその図式がボロボロに崩れ、恥ずかしいことをニヤニヤしながら「これおもろない?」的なニュアンスで言ってしまう高校生的なボケになってしまう。
「突っ込んで欲しい」感を全面に押し出しちゃっているのがもはや恥ずかしいを通り越して、イタくなってしまうではないか!!!!
これは前々報でお伝えした
「ジャズ系には全く関係ないあだ名をおもしろがって付けたがる奴多い」
という風潮に通じるところがある。
その点今年のD軍には、そういうイタさは既にポイと捨てて
文才と画才に溢れる奴が多いこと多いこと。
しげるとかさとまりの文章はおもろいし、
哲夫とそのの彼女はもう神がかってアホだし、
木本の文才はかなり評価できる。
大雅とかエディの会話を聞いてると
「こんなクソアホがおるなら、あと3年はジャズ系は安泰でゴザルな」
と思う。
センス溢れる奴らである。
2007/12/07
まいね
俺が知ってる限りにおける話になるが、
昔の(といっても5年くらい前までの)ジャズ系=ダーク+D軍
という図式の中、ダークはまだいいとしてD軍(つまりジャズ系に所属するメンバーの8割)の全活動は年4回程のライブ+合奏のみ、自分のプレーヤーとしての能力を世の中に問いたい!!という人間はほぼ皆無という状況下、
けーじさんという人は外でもバリバリ活動した数奇な(恐らく当時唯一の)例であって、
そのことは本人も言っていたことだ。
そんでその一学年下にフナヲまいねというドラマーがいて、
そいつもけーじさんと同様に外に出ていく志向は備えていたのだけれど、
それだけでよしとしなかった。
彼は、ジャズ系という団体に所属する者皆に
楽器に触れる者としてプレーヤー意識を持ってもらいたいと願った。
そしてジャズ系という団体の改革に乗り出した。
簡単に言えばコンボ志向の定着である。
セッション及びコンボライブの主催、新歓ライブの発足。
その甲斐あって、俺が4回生くらいのころから徐々に部員の意識が変わってきたように思う。
そんで今やNFではむしろ腹立つくらいコンボが発生するくらいのコンボ大国になった。
その中でどんだけのものがレギュラー化するかはまだまだ課題の残るところだが。
まあ音楽やる者にとって健全な流れであることは確かだと俺は思う。
やたらアナーキズムを覗かせ、「ダークなんてクソだ」と言って去った彼だが、
実は彼が一番ジャズ系を愛していたのではないかと想像するのは容易い。
俺が知っているジャズ系は2回後期からの4年間だが、
まぁ(主に人的環境が)ずいぶん変わったなあという気がする。
レベルはもう同時からすると想像できないくらい上がっているし。
2回生からすでにバーで定期ライブする奴もいるし。
おかげでD軍はサークルかバンドかとかで苦悩するコンマスも生まれるし。
正直言って羨ましいぜ。
俺が西院に行ってから、みんな楽しそうにしやがってよ。ヒェハー
2007/12/05
ジャズ系に旅をさせる
ぎゃーばたんばたんどーん
と騒がしい周囲(といっても一気合戦してた山中とかマンショあたりだけ)
に少しイラっとしながら、丸さんと
「いやぁ高校生ノリですな」
「そうですな。ホッホッ」
みたいな話をしたのが先月のNF泊まり込みだったわけで。
ただ、そういう幼稚さがあってこその我らがジャズ系という気もするし。
というか俺もその幼稚さに加担してきたのは事実だし。
俺が来年とかに泊まり込み遊びに来て、もし後輩が良くも悪くも大人しく飲んでいたら
「What's wrong !!?? Σ( ̄ロ ̄lll) 」
ドッ ワッハッハハハッハハ…
となるのは容易に想像つくことなので、結論として、このままでいいのである。
だって俺と丸さん、もう25だもんねぇ。
ただ、
新入生に何のいわれもないあだ名をつける習慣には未だに馴染めないワ私…
やっぱり大学生にもなったんだから「上手いこと言えた」という感覚に喜びを見出すべきですぜ。
だって、もし小説読んどって、
「この子は本名を岩波泰子と言う。しかしあだ名は何故か”なめたけ”である」
という下りが出てきたら、正直ちょっと寒いでしょ。
しかも、ジャズ系のそれは98%がおもしろくないから救いようがない。
先輩Aが後輩Bを捕まえては例えば言う。
「よし、今日から君はザンギエフだ」
先輩Aは100発100中でやたら嬉しそうな表情なわけで、
「してやったり」とか思っているらしい。
余談だがザンギエフは例外的にちょっとおもしろかった。
こうなってしまったのもたぶん京大に多喜が来てからで、
でもあいつのセンスはたまに神がかっているし、
奴がフロンティアという意味でも奴に罪があるとは思わないが、
ただ、あいつが見つけてきたネタの狂信的なフォロアーが(もはや誰とは言わないが)、
もうイタすぎてたまらない。
他人のふんどしで相撲をとることは、かっこ悪いぞなもし。
まあ、俺も人のこと言えるように用心せねばならんぞなもし。
「キモい」が褒め言葉になってしまっていたダーク2003を見て
福井と「きついよなアレ」とか言っていたが、
ジャズ系の問題は全部、ずーーっと一緒な気がする。
それが無くなってほしいのか、あった方がいいのか、ようわからん。
2007/12/04
芸術との離別
就活がんばってる系の典型的な部類に入る人たちのことをずっと胡散臭いと思ってきた。
win-winの関係が云々とおっしゃる人たちとか、
「出会いって大事だよね」を頻発する人たちとか、
商社行きたい願望を前面に押し出してる人たちとか。
いや、商社行きたい人や商社に務めている人をどうこう言ってるんではなくて、
俺がここで言いたい人がどういう人種かは就活を経験した人なら分かってくれるはず。
俺は人間の性質を表すひとつの2項対立として
「社会」と「芸術」
があると思っている。
社会と芸術が相反する概念だと言いたいのではないと、分かっておいて欲しい。
とりあえず無理やり言葉にしたというレベルである。
そんで上記の人たちはもちろん「社会」に属する人たち。
「社会」しか見てない人たち、といった方が適切か。
その人たちは独特の「軽さ」と「馴れ馴れしさ」を持っていて、
人とか思想に対する「壁」を持っていないことはまぁ尊敬に値することとは言え、
どうもそれが万人に共通であるかのように振る舞い、そうで無い人にも押し付けてくる傾向がある。
非常に価値観が一元的である。俺から見たら。
で、胡散臭い。
はっきり言ったら嫌いだ。
今日俺はバイトに入った。
そこで「いかにも芸術やってます」という格好をした男女2人組が隣のフランス人夫婦に
「友達の舞踏家が今度どこそこでイベントやって、それはなんちゃらとふんだらを融合した新しいほにゃほにゃで…」
とチラシを渡していた。
どう考えても胡散臭いのだ。
奇奇怪怪なビジュアルに異常に感動し、
自分がyesと言えば誰もつっこめない。
ある意味宗教ともとれるそれらの価値観はマクロで見ると無限発散的。
理由は「社会」的な人たちと全く逆だが、結論は同じ。
俺はずっと完全に「芸術」に属する人たちの考えを持ってきた。
それを西畠は「現実を見ていない」と言った。
そして半年間、就活という環境に身をおいて、俺は自分に「社会性」というキーワードを課した。
「芸術」に属する人たちの傾向に漏れず、俺は自分しか見てこなかったからだ。
ついに「芸術」を語る人間を胡散臭いと思う今の俺。
その瞬間、俺も考え方が変わったということを決定的に感じた。
それと同時に自分が理想とする立ち居地が鮮明に見えた。
「社会」と「芸術」のド真ん中に立ってやる。
6年前、理系と文系の真ん中だと建築学科を受験したように。
来年から働くのはデザイン会社だが、
そこの社長はデザインというものが社会でどう作用するか、どう作用させるか、
ということを考えている人である。
今の俺には、ベストじゃねえかこれ。
ウヒョー
2007/12/03
新日本人@京都Blue Note
自分で言うのもアレだが、
今日の新日本人のライブはヨカタ。
山中はMCを含め、やっさん、いがっちょはいよいよ本領発揮といったところだ。
Nite And Dayは山中の言葉を借りずとも、本当に神掛かっていたYO。
来なかった人は損したぜと言える位の感動は、
プレーヤー自身でも感じた。
録音しなかったのが痛恨の一撃!!
新日本人に639のダメージ!!
ジャズ系の中では音楽に対して相当真剣に取り組んできた方だという自負はあるが、
山中といがっちょには負けるなあ。
自分がいい演奏しなくては、目立たなければ、ライブ後も不機嫌。
…だった昔の俺は、新日本人をやってようやく
「こいつらのために働こう」と思えるメンバーに当たった。
しかし、
プレーヤーとして絶対持っておく必要があると思っている「エゴ」。
俺はまだ捨ててないのだ。
結局やっさんがすごいという印象「だけ」になってしまうこの新日本人。
定演までにその定説を覆せるか。
時間がないぞ!!
どうなる!?アイフル!!!
2007/12/02
怒りのTATOO
KATSURAという環境に腹を立てていると、
今度は腹が減ってきた。
よく考えたら昨日の夕方から食事というものをろくにとってない。
11月30日の16:30~12月2日の01:00の約30時間の間で食ったもの。
東京バナナ1個
チキンラーメン2玉
チョコレート1板
サントリー烏龍茶1.5ℓ
痩せたい女性諸君は是非見習ってほしい。
多分1週間中こんな日を最低2日は送っている。
事あるごとに「痩せた」「やつれた」「ガリガリ」「骨」「皮」「かっこいい」などと言われる俺ですが、
こんな生活したら誰だってそうなれるわ!!
私はこの点についてもKATSURAという環境に怒りを示したい。
①生協食堂の営業開始:11時。
朝飯どうせえっちゅうねん!!
公共のサービスは本当になっちょらん!!
プンプン
②生協食堂まで500m。
「ちょっと飯食いにいこ」レベルの話じゃないぞこれ!!
もはや遠足やわ!!
道中なんもないし!!
プンプンプン
③徒歩圏内に生協以外の飲食店が皆無。
プンプンプンプン
④最寄りのコンビニまでバイクで10分。
プンプンプンプンプン
「腹減ったな。コレクション行こうぜ」
「ええよ」
こんな気軽な会話ができたのも当分昔の話。
「お、王将行こうぜ!!!!!!!」
「わかった!!!!!!!!!」
今やこれくらい本気出さないと飯屋に行けません。
土日の深夜とか、本当に陸の孤島化するぜ。
みんな一回くらい遊びに来いよ。
もともと食事に出かけるという行為に日本人平均の145倍無頓着な私にとって、
「気が向いたときに行ける」という条件がスッポリ無くなることは非常にツラい。
まさかここまで食事をとらなくなるなんて…
手が震えてきた。
いやマジで。
空腹を手軽な食糧でごまかすのが体調悪化につながるのでは。
死ぬほど減った腹にさっきチョコレートを詰め込んだが、
もはや人間を捨てたいくらいの気持ち悪さである。
そろそろ食事をとるということについて真剣に考えなければならないカモ!!矢ガモ!!
顔がふっくらしてくるともう少しモテるかもしれない。
2007/12/01
怒りのBONGO
もしキャンパスが吉田だったなら。
「研究も煮詰まったき(土佐弁)、ちょいこらひとつセッションにでも顔だそうかね」
自転車で5分。ぷわ~っとボックスに行けるのに。
D軍の都雅都雅にも行けたりもする。
かわいいあの子にも会いにいけたりもする。
ふんで思いつきで「ちょい今日飲みに行こうや」なんてさ。
言えるのによ。
もうここ半年くらい、 ライブとリハでしかウッベに触ってないようなような状況だし。
桂という環境が、ここまで音楽やるのに不便だとは。
どうしようもないほど腹立つぜ。
どうしようもないほど腹立つぜ。
どうしようもないほど腹立つぜ。
どうしようもないほど は ら た つ NE☆
ア”~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!
~( ̄△ ̄~) ←怒りのダンス
現在この世で一番嫌いなもの
1位. 桂
2位. 赤信号
3位. 修論
俺はなんでこんなに後輩が好きなんだろう。
嗚呼好きでたまらない。
みんなに会いたいよう。