他人への興味というものがどんどん薄れとる。
というようなことをここ2年くらい感じている。
そんで、つい最近はGWというものを通過して、
「ああ自分は物とか出来事にも興味がなくなっとるな」
としみじみと感じ入った。
自分の誕生日にあまり期待しなくなったのはここ3か4年くらいのことで、それが前兆だったと思えば思えなくもない。
ともかく自分はほんの5日間だけ与えられたGWというもの(実際はそのうち1日は仕事で消えたが)に、全くと言っていいほど期待をしなかった。
じゃあ今年のGWは自分にとっての黒歴史となったかと言われれば、全然そんなことはなかった。
1日家でゴロゴロした日もなかなか良かったし、
晴天の昼間に目黒通りを自転車で通り抜けDuke Ellingtonの未発表ライブ版のレコードを買った日は本当に最高だったし、
流山に行って平川カーで夜の雨をドライブしたことも気持ち良かった。
何のことはない、自分にとってはしっかりとゴールデンなウィークだったのだ。
つまり、何が言いたいか。
自分は先の予測ができない(しようとしない)類の人間であることはとっくに分かっていたが、
その予測しようとする「先」がどんどん短くなっている、これが事実ではないか。
と、今いきなり思いついたわけである。
「明日10年来の友人に会う」という期待感はもうどうでもよく、「今、その友人に会っている」という現在進行形の事実だけを楽しんで享受しようということらしい。
ややこしく書いたが、簡単に言うと「今のことしか頭になくなってきている」ということだ。
別に「人生アドリブ」というのを人生哲学にしようとする気はさらさらないが、
「今をひたすら生きていたら人生勝手におもろくなるだろう」というのが信条ではあるので、
なんだか、その方向にどんどん突き進んでいるようだ。
今日やるべきことをやるだけで精一杯な仕事のしかたを1年間やり続けた結果かもしれない。
まぁ原因はとりあえず今はどうでもいい。
とにかく、読む「先」が短くなってきている、ということで、自分の気の持ちように、全部説明がついてしまう。
ああスッキリした。
「もうこの先には期待するものは何もないが、なんだか人生毎日超楽しい」
という状態である。
ちょっとアンバランスな感じがしないでもない。
2009/05/08
そろそろ人生をなめはじめた男
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0:57
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