誰にも否定できない職業がある。
例えば、医師とか、弁護士、建築士、研究者、官僚とかが、俺の中ではそうだ。
否定できない、というのは、簡単に言うとその一言が市民権を得ていて、誰に言っても「立派」と思われるような職業だ。
今まで全く意識してこなかったが、30過ぎてこれらの職業が急に気になりだした。
別に転職したいという意味ではない。
これらの職業には誰もが「立派」という理由があるのだなぁということだ。
俺の周りにはなぜか医者の友達が多いのでそいつらの話をよく聞く。
聞きながら思うのは、とにかく「人の命を扱う職業は尊い」に尽きる。
歳をとるごとに医者をやってる友達を尊敬するようになっている。
はて、WEB業界は何が立派だろうか。
別にウェブサイトの出来がよかろうが悪かろうが、リリースが間に合おうが遅延しようが、人は死なんし円の価値も変わらん。
実際、数年前にじいちゃんの葬式で久しぶりに集まった親戚の中で、いとこが医師をやっていると自己紹介した次に「WEB業界やってる」と言った俺への親戚の反応は「はぁ」という感じだった。
WEB界隈の人間自身が、医者や弁護士etcと対等に語り合うだけの職業の尊厳を語れるだろうか。
俺はまだ無理だわ。
そういえば年末、土木やってる大学の先輩と飲んでて、ちょうど似たような話になった。
先輩が「医者がなぜ儲ける仕組みになってるのか分からへん」というので、
俺は上で思っている通りのことを言った。
先輩の返事はこうだった。
「道路無いと人は救えへんがな」
目から鱗が落ちるのと同時に、感心した。
彼の言ったことが正しいとか間違ってるとか直接的とか間接的とかはどうでもよくて、彼は医者とタメをはるレベルで自分の職能を信じているのだ。
今の職業に不満はないし後悔も全くしていない。
けど、俺がこの仕事についている意義は、医者や弁護士の連中を黙らせるくらいしっかり見つけないといけない。
2015/01/26
マーブルの世界
2013/08/24
2013/05/29
フィクションを消費する意義
フィクションを消費する、という行為の意義がわりとはっきりした。
価値観の変化、だ。
半年くらい前か、素人がネットに書いた小説でいたく感動した。
1周で5時間くらいかかるボリュームなので、薄い文庫本くらいの内容があるのだと思う。
同小説を一言で言うとき、10人いれば10通りの表し方があると思うが、俺の場合それは「出産」と「家庭」だった。
で、自分の中で明確に「出産」と「家庭」に関する価値観が変わった。
変わったというか、この場合は「具体化」した、というか。理想像が具現化したというか。
俺がインプットしたのはフィクションだが、アウトプットとして価値観に何かしらの変化があった。
ようやくこれがフィクションを消費することの意義だと分かった。
多分俺が今まで「感動した」と言ったフィクションは、大なり小なり価値観に動きをもたらしたものだと言えると思う。
でないとフィクションは、それに触れている時間だけの快楽、となってしまう。あまりにもったいない。
どんな微細なことでもいい
自分が理想とする友情の形を見出したり
モテる男のヒントを得たり
生死観だったり
こういうことを考えた場合、自分の生活の中でそれと同等の意義を持つ行為がある。
他人との交わりである。
別にそれはただの飲み会であってもいいし、冗談を言い合うだけの関わりでもいい。
ただ、自分と違う価値観にしたがって笑ったり怒ったりする他者を見て、自分の知る価値観は広がりを見せる。
もしかしたら前者は具体化で、後者は広がりなのかもしれない。
どちらも変化である。
こういうことの積み重ねで、人生はもっとおもしろくなるのだと思う。
だから俺は歳をとる度に人生がおもしろくなるのだと思う。
そのうち本ブログでまとめる。
2012/07/23
繰り返されるフィクション
誰でもそうかもしれないけど、昔読んだ漫画とかを何度も読み返す癖がある。
これは非常に麻薬的な経験で、無思考な快感に浸るだけである場合がほとんどだ。
マスターピースは繰り返し体験することで何度も発見があるとよく言われるのは事実だと思うが、かけた時間と発見による対価は往々にしてアンバランスだ。
音楽だってそうで、自分の好きな曲というのはiTunesの再生回数として視覚化されてしまうし、それを上から順にひたすら聴いていくのも、ひたすらに気持ちいい。
そういう意味で言うと、音楽ももしかしたら「フィクション」なのかもしれない。
まぁいいや。
で、そういう過去の反芻を行う行為の費用対効果があまりにも悪いことは前から知っていたが、ここ最近新しい人や音楽に実際に足を向けることで、その想いが確信に変わった。
新しい刺激の方がやっぱり楽しいし、なにより思い出に残る。
好きな漫画を3年ぶりに読み返した、という経験が強く思い出に残るか?
それよりも、新しい楽団に見学に行ったとか、今まで聴いたことのないバンドのCDを聴いてみるとか、そういう経験のほうが遥かに記憶に残っているはずだ。
たぶんそういうことを積み重ねていったほうが人生が充実する。