2009/03/08

ドリーム オブ リスク

もう一回就活するなら、ゲーム会社も受ける。
もっといえば、もう一回大学生やるなら、ゲーム会社でバイトをする。


小学1年くらいにはじめてゲームに触れてから、
遊び手としてだけではなく、作り手というものを意識しはじめたのは早かった。

10歳に満たないころから、親父が山のように持って帰った設計図の裏に、
想像上のゲーム画面を描いては「こんなゲームを考えた」と言って弟と見せ合う日々が続いた。


ところで、ここ2年くらいか、ゲーム業界にも作家性みたいなブームが出てきた。
ファミ通にも制作者のインタビューが毎号のように掲載されている。

特に「変わったなあ」と思うのは、イラストレーターやコンポーザーといった花形だけではなく、
プロデューサーやディレクターの記事が多いことだ。
俺が熱心な読者だった10代の頃は、そのテの立場で紙面を飾るのは、堀井雄二か坂口博信くらいだった。

なんでこんな時代になったのかは分からない。
人材確保のための業界全体の策略なのかもしれない。

ただ僕は、そういった人のインタビューを読むたびに、感動で震えあがるのと同時に、
大きく嫉妬するのでけは確かなのだった。
「俺もこうなれたのかもしれない」

それは悲しいかな、広告関係のインタビューを読むのより、ずっと強く、だ。


でも俺は、ゲーム業界に行かなくて良かったと思っている。

自分にとってはエポックメイキングな作品のうちの一つ、『Persona』が13年ぶりにリメイクされる。
このニュースは、「数年ぶりに新作のゲームを買ってみようかな」と思わせるくらいの力があった。
ただし購入を断念させる要素があったのだ。
ハードがPSPだった。

制作者として、作品にはエゴを込めるべきだ。
俺のゲームの美学は、「家で腰を落として重厚な作品をどっしりと楽しむ」である。
俺が制作者となったときのエゴは、まさしくこれである。

ただ、世の中のゲームの大多数がWiiやDS、PSPに流れる今となって、
世間一般のエゴと自分のエゴは乖離している。
そこに俺はビジネスとしてのゲームの存在価値について、一生悩むのだろう。


この4月から弟があるゲーム会社大手に、作り手として入社する。

同じ部屋で寝る時も、一緒に風呂に入る時も、20年近くゲームについて語って来た仲である。
奴がゲームに求める美学は、多少のずれこそあるだろうが、だいたいわかる。そして、作り手としての苦悩も。


いろいろあるだろうが、がんばれ。

0 件のコメント: