もう一回就活するなら、ゲーム会社も受ける。
もっといえば、もう一回大学生やるなら、ゲーム会社でバイトをする。
小学1年くらいにはじめてゲームに触れてから、
遊び手としてだけではなく、作り手というものを意識しはじめたのは早かった。
10歳に満たないころから、親父が山のように持って帰った設計図の裏に、
想像上のゲーム画面を描いては「こんなゲームを考えた」と言って弟と見せ合う日々が続いた。
ところで、ここ2年くらいか、ゲーム業界にも作家性みたいなブームが出てきた。
ファミ通にも制作者のインタビューが毎号のように掲載されている。
特に「変わったなあ」と思うのは、イラストレーターやコンポーザーといった花形だけではなく、
プロデューサーやディレクターの記事が多いことだ。
俺が熱心な読者だった10代の頃は、そのテの立場で紙面を飾るのは、堀井雄二か坂口博信くらいだった。
なんでこんな時代になったのかは分からない。
人材確保のための業界全体の策略なのかもしれない。
ただ僕は、そういった人のインタビューを読むたびに、感動で震えあがるのと同時に、
大きく嫉妬するのでけは確かなのだった。
「俺もこうなれたのかもしれない」
それは悲しいかな、広告関係のインタビューを読むのより、ずっと強く、だ。
でも俺は、ゲーム業界に行かなくて良かったと思っている。
自分にとってはエポックメイキングな作品のうちの一つ、『Persona』が13年ぶりにリメイクされる。
このニュースは、「数年ぶりに新作のゲームを買ってみようかな」と思わせるくらいの力があった。
ただし購入を断念させる要素があったのだ。
ハードがPSPだった。
制作者として、作品にはエゴを込めるべきだ。
俺のゲームの美学は、「家で腰を落として重厚な作品をどっしりと楽しむ」である。
俺が制作者となったときのエゴは、まさしくこれである。
ただ、世の中のゲームの大多数がWiiやDS、PSPに流れる今となって、
世間一般のエゴと自分のエゴは乖離している。
そこに俺はビジネスとしてのゲームの存在価値について、一生悩むのだろう。
この4月から弟があるゲーム会社大手に、作り手として入社する。
同じ部屋で寝る時も、一緒に風呂に入る時も、20年近くゲームについて語って来た仲である。
奴がゲームに求める美学は、多少のずれこそあるだろうが、だいたいわかる。そして、作り手としての苦悩も。
いろいろあるだろうが、がんばれ。
2009/03/08
ドリーム オブ リスク
時刻:
16:43
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