2008/05/27

やさしくしないで

・夢中になっている人
・誰かのためになろうとしている人

俺が、かっこいいと思う人はだいたい
どっちかに当てはまる。

俺も、近い将来どっちかになっていたらいいなあ。

2008/05/21

どうか僕に振り向いて

さっきまで仕事してた。
どんな新人やねん。



最近はニコニコ動画に懐疑的である。

なんというか、
本当におもろいものというのは、
後で振り返っても思わずニヤリとしてしまうような
そんな出来事のことを言うのではないか。

俺もニコニコ動画を見て噴き出したことは星の数ほどあるこそすれ、
その気持ちは色あせるのが早い。
やたら早い。

そう思ったら、なんかニコニコ動画って
くだらないなあと思ってしまう。

恐らく、多くのユーザーが2ちゃんユーザーとかぶっていると推測するが、
彼らは人を小馬鹿にする時は感動すら覚える才能を発揮するのに、
こと人を褒めるとなると、彼らが用意する表現はあまりに稚拙だ。

悪口と下ネタはどう転んでもおもしろいとは言うが
俺はこんな現象は好きじゃない。


俺にとって本当におもしろいこととは、
かがやが駿台の屋上で1円玉を曲げた時のことだったり、
上田が課題提出日前日に製図室に来たことだったり、
田中さんの炸裂しまくるMCだったり、
酔っ払った中路さんだったり、
酔っ払った武田だったり、
福井の大笑いだったり、
貴船の闇鍋だったり、
智子が食い続けたことだったり、
多喜と朝まで話した日のことだったり、
仙ちゃんと話をすることだったり、
西川と野藤と飲んで2時間笑い続けたことだったり、
カラオケ中の中野さんだったり、

そんな思い出たちのことを指すのだ。

2008/05/02

ビターピース

以前親父に「お前は詰めが甘い」と言われたと書いた。
これをもう1ステップ還元すると、恐らく「飽きっぽい」という性格に辿りつく。

昔から落書きが好きで絵はよく描いてきたが、
その数に対して、作品と呼べるものまで昇華したものの数は異常に少ない。
その落書きが「作品」であると言えなくもないが、それはかなり事後的で、他人事な発想である。
「自分の意思で作品をこの世に生み落としてやったぜ」と感じられるものは、ほとんどない。こういうところに飽きっぽさがよく表れている。

無理やりもう一つ例を挙げるとすれば、
ジャズをやるには粗すぎる俺の演奏も、どうも飽きっぽさの賜物である。
その点岩波レイは辛抱強い。



現在、仕事で企画をやることが多い。
たぶん企画にまず必要なのは根気である。
とにかく数が勝負だからだ。
「考えて、考えて、考え抜いた」
その後振り返った数百個という石の中に、きらりと光る石があるに違いない。
たぶん、「いい企画」というのはそういうものだ。
と、1か月働いて思う。

かくいう俺はひとつの企画に向き合っても、5分後には別のことを考えている。
飽きっぽいのだ。
思考し続ける根気が圧倒的に欠けている。

これは好き嫌いという話にも関係してくるのだが、今回その話は置いとくとして。




よし、初任給で画材道具を買おう。
土日を絵に費やして、1か月くらいかけて作品と呼べるものを描いてさ。



なんてことをINFOCUS AWARD 2008を見ながら思った。http://www.oneflow.co.jp/infocus-award-2008/top.html