「何かを亡くす」ということに極端に抵抗がある。
ちゃんとした理由は思いつかないが、ただ寂しくなる。
だから嫌いだ。
1年以上前だと思うが、平川とふとしが同時期にmixiの日記に
「何かを得ることは、何かを失うことだ」
みたいなことを書いてて、反論したくなったのを覚えている。
「失くすことをそんなにあっさり認めないでくれ」
というのがその時の心境だったのだろうか。
余談だが、物を全く捨てれない俺の性格は
(大昔、シャンプーのボトルを7本くらい捨てれずに風呂場に置いていた)
恐らく何かを失くすことをへの抵抗から来ているのだろう。
そのため引越しの度に天文学的な量のものを捨てる羽目になる。
どうでもいいが、
ものをモノと表記するのは嫌いだ。
ひとをヒトと書くのも嫌いだ。
話は変わるようで変わらないが、
大昔に放送した世界遺産のDVDを親父が送ってきたやつがあって、
昨日の昼、それを見てみた。
ドイツのバンベルグという市街地のことを放送していた回だった。
絵に描いたようなヨーロッパの町並みというものをぼんやり眺めながら、
勝手にM1の9月にイタリアを10日かけて縦断した時の事を思い出した。
そして「学生だった」時間のことを考えてみた。
こういうと語弊があるかもしれないが、
あれは小学校からはじまった、とてつもなく長い夏休みだったのだ。
そう思った瞬間、社会人になって
そういう時間を決定的に持てない身分になったことをふいに悟った。
この4月になった時点で俺はあの時間を失くしたのだった。
悲観しているわけではない。
今の職場は結構気に入っているし、仕事もやってて楽しい。
毎日朝起きて夜寝るという生活を送っていることもなんだか新鮮だ。
俺は新しい時間を手に入れた。
やはり何かを手にすることは何かを失うことなのだろうか。
その夜、
2006年のマストのラグでのライブDVDと
2007年の新日本人の定演DVDと
2004年のダークの定演DVDと
2005年のピストンの定演DVDを
連続して見た。
ダーク2004の最後、Aトレのイントロでのピアノソロ中に、
ふとしがメンバー1人1人を紹介した。
水谷は礼をした後、笑顔で大きなため息をした。
俺らが大好きだった音楽で
重荷を背負っていたあの時間も、
今ではもう手に入らない。
2008/04/29
We "had" slow holidays.
2008/04/26
FEVER
最近の人生論は、「常に笑っておけばすべて楽しい」だったが、
どうもそうでもない気がしてきた。
ほどほどがいい。
さて、
4月で退社する堀尾さんの送別会をなぜか俺が企画することになった。
それが今日あった。
1次会と2次会の手配からプレゼントの企画、会場の誘導まで、全仕事の97%を俺がした。
結構好きな先輩だったので、わりと全力でやった。
なんというか、だいぶ成功した。
就活でよくみる、仕事をして一番うれしい瞬間は?という質問に、大抵のやつが
「感謝されたとき」
とか答えている。
はっきり言ってあんなの全部嘘やと思っていたが、
どうもそうではいかもしれない。
今日何十人という人にありがとうと言われ
正直言って相当嬉しかった。
ずっと主役になりたいというつもりで学生時代を過ごしたが、
徹底的な黒子という役もわりと楽しい。
おお、俺はベーシストだったのだ。
しかし大人数が苦手なのは相変わらず。
2~6人ぐらいが丁度いいや。
2008/04/08
諸行無常の響きあり
気分というものは移ろいやすく、
身の回りの環境というものも変化するゆえ、
例えば5年前の気持ちなんぞとっくに忘れておる。
何か悩み事があるとしよう。
雨はいつかあがるように、
それも時間が経てばいつか悩みではなくなる。
それは根本的解決ではないが、
「いつか終わること」を知るだけでいくらかポジティブになれよう。
しかしポジティブになるということは
全ての場合がそうとは言わないが、
根本的解決への距離が短くなる場合が大半である。
随分前向きになれる。
じゃあ良き事もいつか終わるではないか、
という話になる。
理屈ではそうだが、
気持ちに理屈が必要とは限らない。
都合悪いことは考えなくていいのである。
それが自分とうまく付き合うという意味ではなかろうか。
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