誰でもそうかもしれないけど、昔読んだ漫画とかを何度も読み返す癖がある。
これは非常に麻薬的な経験で、無思考な快感に浸るだけである場合がほとんどだ。
マスターピースは繰り返し体験することで何度も発見があるとよく言われるのは事実だと思うが、かけた時間と発見による対価は往々にしてアンバランスだ。
音楽だってそうで、自分の好きな曲というのはiTunesの再生回数として視覚化されてしまうし、それを上から順にひたすら聴いていくのも、ひたすらに気持ちいい。
そういう意味で言うと、音楽ももしかしたら「フィクション」なのかもしれない。
まぁいいや。
で、そういう過去の反芻を行う行為の費用対効果があまりにも悪いことは前から知っていたが、ここ最近新しい人や音楽に実際に足を向けることで、その想いが確信に変わった。
新しい刺激の方がやっぱり楽しいし、なにより思い出に残る。
好きな漫画を3年ぶりに読み返した、という経験が強く思い出に残るか?
それよりも、新しい楽団に見学に行ったとか、今まで聴いたことのないバンドのCDを聴いてみるとか、そういう経験のほうが遥かに記憶に残っているはずだ。
たぶんそういうことを積み重ねていったほうが人生が充実する。
2012/07/23
繰り返されるフィクション
2012/06/11
2012/06/10
ディーァマイフレ~~ン
ふつう、昔の恋人というのは結婚式にあまり呼ぶものではないらしい。
それって寂しくない?って思うけどねぇ。
明日、一番長いこと付き合って死ぬほど喧嘩した昔の彼女の結婚式にお呼ばれして、演奏する。
まぁ最近コンボをやってるからその流れもあるわけやけど。
東京来てから2、3年くらいはほぼ顔も合わせてなくて、その間に付き合ってたこと自体をもう忘れかけてたのが、演奏の依頼をもらったときに、なかなかいろいろブワッときた。
30手前になって自分もいろいろと人間も丸くなって、そんで当時を振り返ると、あまりにしょうもないことでイラつかせたり不快な思いをさせたなぁと、後悔ばかりしています。
たとえ同じ結果になってたとしても、もっとできることが、確実にあった。
結婚を祝うに値するベーシストとして選んでくれて本当にありがとう。
お幸せに。
今はこういう気分です。
なんかこういうのをWebに残すのもどうかと思ったけど、多分3日後ぐらいにリセットされるであろうこの気持ちをたまに思い出せるように、残しておきました。
2012/05/20
フィクションと僕たち
フィクションの消費、という行為に僕らはものすごい時間をかける。
たぶん、俺はその割合が高い方だと思う。
(一つの作品を消化するのに数十時間必要なRPGにハマるのが大きい)
ということに気付いてから、フィクションを消費する意味なんてのを考え始めてしまう。
「楽しいから読む」くらいでいいと思ったりもする。
フィクションの捉え方なんて人それぞれで、俺はストーリーという連続性に接した時に、自分の気持ちの変化よりも、何が意味として解釈できるか、に頭がいってしまう。
ものごころついた時からそうだった。
あるいは、何をどうやっても埋まるはずのない、自分とフィクションの環境差について想いを馳せたりする。
それが時間の無駄だとは思わないが、
もうちょっと素直に消費してもいいかもなぁなんて思ったりする。
たぶん無理だけども。
しかし、アホみたいに働く業種に就いてしまったことが原因で、フィクションを消費する行為自体が重くなってくる。これが本末転倒なんだなぁ。
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